小会議室で伊藤と打ち合わせを終えた潤は、「じゃあ、くれぐれもよろしく頼むぞ」と言い残して部屋を出る。

例の件以降、潤はいつも伊藤の仕事の様子を気にかけ、細かく進捗を報告させるようにしていた。

「おっ、潤じゃないか。いつものお部屋からご登場!」

面倒なやつに見つかった、と潤は顔をしかめながら歩みを速める。

「あれ?望月ちゃんじゃなかったんだ。おーい、潤!待ってくれよ」

会議室の中を覗いて真美がいないのを確認した平木が、後ろから駆け寄って来た。

「そんな急ぐなって。なあ、潤。お前知ってる?」
「知らない」
「まだ何も言ってないけど?」
「言わなくて結構です」
「おいおい、お前達。ITソリューション課の課長と課長補佐の方針なのか?隣の課長にはつれなくすることって」
「次回の定例会議で議題に挙げておきます」
「やめてくれ。ってか、話聞いてくれないなら大声で聞くぞ?望月ちゃんってー、…ふがっ!」

いきなり振り向いた潤に口を塞がれ、平木は休憩スペースに連れ込まれる。

「うちの課のメンバーの名前を大声で出すな」
「お前がちゃんと聞いてくれないからだろ?なあ、望月ちゃんってやっぱり彼氏出来たのかな」
「知らん。大体ここは会社だぞ?しかもお前、課長だろ。廊下でウロウロしてるのしか見たことないけど?」
「だから、社員が毎日元気に仕事出来てるかを気にかけてるんだよ。望月ちゃん、前に会議室で泣いてただろ?そりゃ、上司としてフォローしないとってなる」
「それはこっちの話だ。お前は自分の課のメンバーを気にかけてろ」
「ふーんだ。課が違うから手出しするなって訳?それなら課長としてでなく、一人の同僚として声かけるもんね」

は?と潤は真顔で聞き返した。

「同僚として、なんて声かけるんだ?」
「それはもちろん、つき合ってって」
「バカ!なんでそうなるんだよ?」
「なんでって、気になる相手に告白するのは普通だろ?望月ちゃん、最近めっきり綺麗になったしさ。ふとした時の笑顔も可愛いし、なんかこう、キラキラしてて目が離せなくなるって感じ。はー、俺、久々のときめきだわ。あとでそっちのオフィスに顔出していい?」

潤は怒りにまかせて矢継ぎ早に言う。

「いい訳ないだろ!来んな!お前は出禁だ!」
「おい、隣の課長を出禁にしてどうする」
「仕事でもないのに、邪魔者をオフィスに入れる筋合いはない」
「じゃあ仕事帰りに待ち伏せする」

急に声のトーンを変えて真剣な表情になる平木に、潤はハッとした。

「望月ちゃんが泣いてたのを見てから、ずっと気になってた。お前とつき合ってるのかと思ってたけど、そうでもないらしいし。それなら彼女のそばにいてやりたいと思った。悲しい思いはして欲しくない。俺なら近くでずっと楽しませてやれる。だから会社帰りに声をかけて告白する。それならいいだろ?」

潤は何も言葉を返せない。

平木は「じゃ、仕事に戻るわ」と言って立ち去って行った。