「ただいまー」

玄関で靴を脱ぐと、真美は潤をソファへと促す。

「運転お疲れ様でした。今コーヒーを淹れますね」
「ありがとう」

洗濯機を回しながらコーヒーを飲んでいると、ふと潤が思い出したように顔を上げた。

「そう言えば、樹さんが親父達に用意してくれてた手土産、なんかすごくなかった?」
「思いました!桐の箱に入ってましたよね?色鮮やかで芸術品みたいな和菓子。あんなの、見たことありません。味もとっても美味しかったし」
「だよな。どうしよう、俺。真美の実家への手土産、普通のお店で買っちゃったけど……」
「全然問題ないですよ。私だって潤さんのご実家に、普通の手土産持って行っちゃいましたから」
「いやいや、充分だよ」

そして潤は、チラリと不安そうに真美に目をやる。

「真美の実家、望月ホールディングスとかじゃないよな?」

ゴホッと真美はコーヒーにむけた。

「ご冗談を!だいたい、望月ホールディングスなんて聞いたことないですよ?」
「それなら良かった。いやー、姉貴の話が忘れられなくてさ。だけど俺、真美のご両親がどんなにセレブでも、絶対に真美を諦めたりしないから」
「ありがとうございます。と言いたいところですけど、全くの杞憂ですので。うちは至って普通の家庭です。潤さんの話も電話でしましたけど、良かったわねーって喜んでました。逆に私が潤さんのご両親に認めていただけるかを心配してました。大丈夫でしょうか?私」

は?と潤は聞き返す。

「大丈夫って、何が?」
「ですから、潤さんとの結婚。反対されないでしょうか?」
「何をとぼけたことを。前のめりなうちの両親、見ただろ?あれでどうやって反対するなんて思うんだ?」
「でも私、きちんとご挨拶出来なくて。結婚のお許しをいただいた訳ではないですし」

不安そうにうつむく真美に、潤は正面から向き直る。

「真美、そのことなんだけど」
「はい、なんでしょう?」
「実は俺が両親に言ってあったんだ。岳のいる前で俺と真美の結婚の話はしないでくれって」

え?と真美は驚く。

「ごめん、これは俺のわがままなんだ。改めて真美にお願いする。岳に俺の口からきちんと伝えるまで、結婚は待って欲しい」
「がっくんに……?」
「ああ。これから岳は、樹さんのことで情緒不安定になるかもしれない。そこに真美が結婚することになったら、変化についていけなくなると思う。少しずつ、岳の様子を見ながら進めていきたい。ごめんな、ちゃんと真美に伝えもせずにいて」
「ううん、私も同じ気持ちです。何よりもがっくんの心を大切にしたい。結婚するのは、いつだって構いません。潤さんと一緒に暮らせるだけで幸せだから」
「真美……。ありがとう。明日、ご両親にもきちんとお願いするから」

はい、と真美は笑顔で頷いた。