「あ……」

呟いた声は二人綺麗に重なった。

おそらく驚いて固まった顔も。

そしてふと視線を下げ、うっ……と気まずい表情を浮かべるまで、一連の流れは見事にシンクロしていた。

「あ、えっと……。お疲れ様です」

先に口を開いたのは真美(まみ)だった。

「お疲れ様」

いつものようにキリッとした表情で(じゅん)が答える。

ただ少し違うのは、右手で小さな男の子の手を繋いでいること。

真美は少し身を屈めて、その男の子ににっこり笑いかけた。

「こんにちは。あ、こんばんはかな?」

夜の7時を過ぎたところで、10月ともなると既に辺りも暗くなっている。

(でも小さい子は、こんばんは、なんて使い慣れてないか)

そう思っていると、男の子はじっと真美を見つめてから真顔でボソッと呟いた。

「……だれ?ふしんしゃ?」

こら、(がく)!と慌てて潤が咎める。

真美はしゃがみ込んで男の子と目線を合わせた。

「そうだよね、いきなり話しかけてごめんね。私は望月(もちづき)真美といいます」
「おれ、がく。4さい。まみは?」
「え、私?25歳……です」

えへへと苦笑いを浮かべるが、男の子は真顔のままだ。

「えっと、それじゃあね、岳くん。バイバイ」
「バイバイ」

真美はもう一度笑いかけてから立ち上がる。

「それでは五十嵐課長、失礼いたします」
「あのな、望月……」

何か言いたそうな潤に、真美は真剣な表情で頷いてみせた。

「ご安心ください。私、こう見えて口は堅いので」
「いや、そうじゃなくて」
「大丈夫です、ご心配なく。それでは、また明日会社で」

真美は潤にお辞儀をすると、もう一度岳にバイバイと手を振ってから踵を返して立ち去った。