エリスが結婚したいと言い出したのは、ディルへ対する恋心をあきらめるためだということに薄々気が付いていた。たまに向けられる熱い視線もディルにとっては喜びでしかなかったが、この家でディルはただの従者だ。エリスと恋愛はおろか結婚をすることはできない。ディルにとっても、エリスが自分以外の誰かと結婚してくれれば、エリスに対する思いをきっぱりとあきらめきれると思っていた。

 そんな矢先、エリスに政略結婚の話が舞い込む。エリスの父親は優しすぎるがゆえに悪い貴族につけこまれたのだが、それによってエリスが一番望まない愛のない結婚をしなければいけないことに腹が立つ。自分の腕の中でただただ泣くエリスを見て、ディルは我慢がならなかった。

(俺がエリスの婚約者になる)

 そうして、ディルはひと月前に声をかけてきた兄と名乗る男と交渉をするため、隣の領地まで足を運ぶことになった。

(思ったより時間がかかってしまったけど、何とか間に合ってよかった)

 ずっとひそかに思っていたエリスとついに結婚できる。エリスを見つめながら喜びをかみしめていたその時、エリスが口を開いた。

「ディル、あの、本当に私でいいの?私なんかと結婚して、後悔しない?知っての通り、私の思う結婚はお互いに一途で、他に恋人も作れない窮屈な結婚なのよ。いくら家のためとはいえ、ディルがそこまでする必要ないのに……」

 申し訳なさそうに言うエリスを見て、ディルはあきれたような顔をする。

「エリス様、そんなことは百も承知ですよ。今まで何度あなたが婚約破棄されるところを見てると思ってるんです?それに、俺は前から言ってますよね、俺があなたの結婚相手だったら、あなたのことを一途に思うのにって」
「あ、あれは、私のことからかっていたんでしょう?」

 顔を真っ赤にして不安そうに言うエリス。ディルは片手を顔に当てて盛大にため息をついた。

(マジか、本当にからかってると思われてたのか。まぁ、仕方ないよな、俺の言い方も悪い)