由紀との電話から二週間が経った。美咲は日々の生活の中で、由紀のことを考えない日はなかった。彼女に何か連絡をしていいのか迷いながらも、結局いつも自分から連絡を取れずにいた。そんなある日、スマートフォンに見慣れない通知が表示された。

「えっ……高瀬さん?」驚きと共に美咲は画面をタップする。由紀からのメールがそこにあった。

『美咲さん、お久しぶりです。お元気ですか?もしお時間があれば、今度カフェでお茶でもどうですか?』

その一文を目にした瞬間、美咲の心臓は一気に跳ね上がった。頭がぼうっとして、言葉がすぐに出てこない。憧れの由紀からの誘いに、嬉しさと興奮が押し寄せてくる。

「カフェで……お茶……?」美咲は顔が熱くなるのを感じた。すぐにでも会いたい。由紀に会えるなんて夢のようだ。だけど、その喜びの裏に、彼女を前にしたときの緊張も同時に込み上げてきた。由紀のことを考えれば考えるほど、自分がどう振る舞えばいいのか不安になってしまう。

「でも……行きたい……」美咲はメールの返信画面を開き、心を落ち着かせるように深呼吸をした。『お誘いありがとうございます。ぜひお茶しましょう!』そう打ち込んで送信ボタンを押す。指が震えていたけれど、由紀に会えるという思いが彼女の心を支えていた。

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約束の日、美咲は大学の授業を終えると、すぐにカフェへと向かった。指定された場所は落ち着いた雰囲気の、静かなカフェだった。店内に入ると、由紀の姿が見えた。カウンター席に腰掛け、ブラックコーヒーを片手に窓の外を見つめている。

「素敵……」美咲はその姿に思わず見とれてしまった。由紀の横顔は、まるで映画のワンシーンのように美しかった。大人の女性らしい落ち着きと余裕が、彼女の周りに漂っている。ブラックコーヒーを飲む仕草さえ、どこか洗練されていて、憧れの念がさらに強くなる。

「高瀬さん……」美咲はおずおずと声をかけた。由紀がゆっくりと振り返り、美咲を見つめる。その瞬間、彼女の強い目力に美咲の心臓がまた跳ね上がった。いつも由紀の目には、どこか圧倒されるような力強さがあって、美咲は緊張で全身がこわばってしまう。

「あら、美咲さん。こんにちは。」由紀は微笑みながら、手元のカップを置いた。「こちらに座って。」

美咲は小さく頷き、由紀の向かいの席に座る。カフェの静かな空間に二人の距離が縮まったように感じられ、胸がドキドキと高鳴った。

「何を飲む?」由紀が優しく尋ねる。美咲はメニューを手に取るが、緊張で何を頼めばいいのか一瞬迷ってしまう。結局、無難にカフェラテを注文した。

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最初はぎこちない世間話が続いた。大学のこと、最近の出来事、なんでもない日常の話。美咲は緊張を隠しきれず、どこか硬い笑顔を浮かべていた。由紀の視線を感じるたびに、どうしても落ち着かない自分がいた。

「美咲さん、最近どう?」由紀がふと口を開く。彼女の何気ない一言に、美咲は一瞬戸惑った。

「……ええ、まぁ。大学も落ち着いてきて、少し楽になったかもしれません。」美咲は微笑みながら答えたが、心の中ではいつものように葛藤していた。由紀の前では、どうしても完璧でありたい。弱さや不安を見せたくない自分が、そこにいた。

由紀が微笑みながら美咲を見つめると、その視線に美咲の胸は高鳴った。目を合わせるだけで心臓が跳ねる。憧れの人にどう振る舞えばいいのか、いつも悩んでしまう。由紀の前では、どうしても自然に振る舞うことができなかった。

しかし、由紀の問いかけに何かを感じ、彼女に少し自分のことを話してみようと思った。

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「実は……最近、考え事よくするんです。」美咲はカップを手に取りながら続けた。「自分がどうして、いつも人の目を気にしてしまうのかって。」

由紀は美咲の言葉に耳を傾けながら、ゆっくりと彼女の表情を見つめた。その優しい視線に、美咲は不思議と安心感を覚えた。まるで、自分の話を全て受け止めてくれるような包容力を感じたのだ。

「私、子供の頃からずっと『いい子』でいなければいけなかったんです。」美咲は視線をテーブルに落としながら、口を開いた。「両親は厳格で、特にカトリックの教えに従うことが大切だって言われて育ってきたんです。悪いことをするとすぐに叱られて……だから、いつの間にか『良い子』でいることが私の使命みたいになってしまった。」

その言葉を聞いて、由紀は美咲の横顔をじっと見つめた。彼女の中に、そんな繊細で傷つきやすい一面があることを、由紀は初めて確信した。

「そのせいで、いつも自分を抑えてしまうんです。親の期待に応えなければならないと思うと、本当の自分が何なのか、わからなくなってしまうことがあって……。」美咲は由紀に目を向けた。その瞳には、いつもの強がりや背伸びの影に、どこか不安と戸惑いが見え隠れしていた。

「でもね、高瀬さん。」美咲は少しだけ声を震わせながら続けた。「高校生のとき、初めてお酒の誘惑に負けたんです。それも,抑え込んでた欲を一気に発散するかのように飲みました。その時、すごく混乱しながらも,居心地良くて...。自分が罪を犯していると理解していた..でも,心のどこかで、初めて自由になれた気がして,感じたことない解放感を感じて,もう隠れたくないとも思ったの……。」

由紀は静かに美咲の話を聞いていた。彼女の言葉には、強さと脆さが同時に詰まっていた。その矛盾した感情が、美咲を苦しめていることが伝わってきた。

「結局、親に見つかって,失望されたんです。ただ、友達が他の人と楽しそうにハイになる姿を見るたびに、自分もそっち側の人間になりたい……自分の感情をどう扱えばいいのか、わからなくなるんです。」

美咲はゆっくりとカップを置き、由紀の目を見た。その瞳には、言葉にならない多くの思いが詰まっているように見えた。

「それから、私はずっと自分の気持ちを押し殺してきた。誘惑に負けるなんて、絶対に許されないと思って……。それでも負けてしまう自分に失望します...」美咲は目を潤わせて、小さくため息をついた。

由紀は、その言葉を受けて一瞬息を飲んだ。美咲が自分に何を感じているのか、その言葉の奥に潜む気持ちが由紀の心に伝わってきた。だが、それをどう受け止めるべきなのか、由紀自身も戸惑いを隠せなかった。

由紀は一度、静かに息を吐いてから、美咲を見つめ直した。美咲の目には、自分の中にある苦しみと葛藤が映っていて、それが由紀の胸を締めつける。彼女は、美咲に何かを伝えなければならないと感じたが、どう伝えれば美咲の心に響くのか、慎重に考えなければならなかった。

「美咲さん……」由紀は優しい声で話し始めた。「確かに、誘惑に負けることや、自分の感情に振り回されることって、自分を責めたくなるかもしれないわね。私も、過去にそう思ったことがあるから、少しだけ分かる気がするの。」

由紀は美咲の手の上に、自分の手をそっと重ねた。その温もりに、美咲の表情が少しだけ緩む。

「でも、完璧でいることなんて、誰にもできないわ。私たちは人間だから、失敗もするし、誘惑に負けることだってある。それが悪いわけじゃないのよ。」由紀は美咲の目をしっかりと見つめた。「むしろ、そんな失敗や葛藤を経験するからこそ、自分が本当に何を望んでいるのかが見えてくるんだと思うわ。」

一呼吸置いて、由紀は続けた。「自由になることに罪悪感を持つ必要はないし、抑え込んでいる自分を責めることもないの。あなたには、あなたのペースで自分を探していく権利があると思うの。たとえ迷っても、誘惑に負けても、それを通してあなたが何を感じたのかが大事なのよ。」

美咲の目に涙が浮かび上がるのを見て、由紀は優しく微笑んだ。「だからね、美咲さん。自分の気持ちに素直になってみてもいいと思うの。焦らなくていいから、自分が何を求めているのか、少しずつ向き合ってみて。誰かの期待じゃなくて、あなた自身がどうしたいのかを考えてみてほしい。」

由紀はそっと手を引いて、美咲の肩に軽く触れた。「私は、美咲さんがどんな選択をしても、応援するわ。でも、あなたがあなたらしくいられる道を選んでほしいの。それがきっと、一番大事なことだから。」

その瞬間、美咲の心にふと温かいものが広がった。自分の気持ちを受け止めてもらえるという安心感と、同時に自分の気持ちをもっと知ってもらいたい願望が、彼女の中で芽生えたのだった。

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由紀の言葉は、美咲にとって救いであり、また新たな迷いを生むものでもあった。彼女の中で何かが解けるような気がした一方で、自分がこれからどうすればいいのかはまだわからなかった。ただ、由紀の存在が自分にとって特別であることだけは、確信していた。

「ありがとうございます。」美咲は小さな声でつぶやき、そっと視線をテーブルに落とした。彼女の心の中には、かすかな希望と共に、再び揺れ始めた感情が息づいていた。

話が趣味のことに移ったとき、空気がふっと和らいだ。

「実は最近、ミュージカルを観に行ったんです。」美咲は思い切って口を開いた。「『オペラ座の怪人』だったんですけど、すごく感動して……」

「『オペラ座の怪人』ね、いいわよね。」由紀の目が少し輝いた。「私もあの作品は好きよ。音楽や舞台装置、すべてが壮大で、引き込まれるものがあるわね。」

美咲は由紀の反応に一気に顔が明るくなった。由紀も同じミュージカルを好きだと知っただけで、心が躍った。二人はそこからお互いの好きな作品や観たミュージカルについて話し始める。由紀が好きな作品について語るときの表情は、普段の冷静な雰囲気から少し離れて、とても楽しそうだった。

「高瀬さんって、こういう舞台が好きなんですね!」美咲は由紀の意外な一面を知れて嬉しかった。今まで遠い存在に感じていた由紀が、少しだけ近くに感じられた気がした。

カフェの時間が過ぎていくのも忘れるほど、二人は趣味の話で盛り上がった。美咲は、由紀の前で初めて自然に笑うことができた気がした。そして、そのひとときが、彼女の心に大きな温かさを残した。カフェでのひとときが終わった後、二人は少し歩いて次の店へ向かった。街の灯りが二人を照らし、ゆったりとした空気の中で会話が続いていた。由紀が選んだのは、落ち着いたバーだった。シックな内装で、カウンター越しに静かな音楽が流れている。

カウンターに並んで座り、美咲は由紀を横目で見た。どこか大人の余裕を感じさせるその姿に、彼女の胸が再び高鳴る。由紀の横顔はカフェで見たとき以上に大人っぽく、彼女の憧れを一層強くさせていた。

「美咲さん、あなたも詩を書くんですよね?」
由紀はグラスをゆっくりと手に取り、その透明な液体を静かに揺らしながら、ふと話題を切り出した。
美咲は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに頬を赤らめながら小さく頷いた。「はい、そうです。昔から言葉で表現するのが好きで……」
少し恥ずかしそうに、指先で髪をいじりながら続ける。「気持ちや考えをうまく伝えるのが苦手で……詩にすると、少し素直になれる気がするんです。」

由紀はその言葉に優しく頷きながら、グラスの縁をそっと指でなぞった。「わかるわ。詩って、自分の気持ちを整理してくれるものだと思う。言葉にすることで、どんなに複雑な感情でも少し軽くなる気がしてね。」
美咲はその言葉に少し安心した。自分が感じていたものを、由紀も同じように感じていると知り、心の中が温かくなるのを感じた。
「詩を書いていると、自分の中にあるものを見つめ直せる気がして……それが、誰にも言えないことでも。」美咲の声が少し震えていたが、彼女は続けた。「高瀬さんも、そう感じるんですね。」

由紀は微笑みを浮かべながら、美咲を見つめた。その眼差しは柔らかく、どこか共感に満ちていた。「ええ、そうよ。詩って言葉以上のものを伝えてくれる。誰かに見せるつもりじゃなくても、書くことで自分自身を救うことがあると思うわ。」

美咲はその言葉に頷き、胸の奥で少し緊張がほぐれていくのを感じた。詩を書くことが、由紀と自分を繋げてくれるように思えた。
「もしよければ、書いたもの読ませて欲しいな」
由紀の言葉に一瞬戸惑いが走った。誰かに自分の詩を読ませたことなんて、ほとんどなかった。ましてや、こんなにも特別に思っている人に。

しかし、美咲はすぐに頷いた。今まで誰にも見せられなかった詩が、由紀になら伝わるかもしれないと思ったのだ。少し震える手でスマートフォンを取り出し、メモアプリを開いて由紀に差し出す。

「読んでみてください……」
少し緊張した声で言ったが、どこか誇らしげな気持ちも混ざっていた。

由紀は慎重にスマートフォンを受け取り、画面を見つめ始めた。その瞳が静かに文字を追うたびに、彼女の表情がわずかに変わるのを美咲は見逃さなかった。由紀が感じ取っているものが何か、自分にはわからない。でも、美咲にとってはその瞬間がとても大切な時間に感じられた。

「……とても綺麗な言葉ね。」
由紀はしばらく考えるように沈黙した後、静かに感想を口にした。その声は柔らかく、まるで詩の一部を優しくなぞるようだった。

美咲は、その言葉に胸がいっぱいになった。詩を書くことが、二人の心を静かに、確かに結びつけた瞬間だった。

二人で詩について語り合ううちに、話題は自然と由紀の年齢の話に移っていった。

「今年で……32歳になるの。」由紀が静かに告げると、その声には少しの切なさが含まれていた。美咲はその言葉に、彼女が感じている重みや葛藤があることに気づいた。由紀は、強くて冷静な印象を見せているが、こうして少し心の内を明かしてくれると、彼女の人間らしい弱さに触れた気がした。

「32歳……」美咲は由紀の横顔をじっと見つめる。何か、由紀を抱きしめてあげたくなるような衝動が湧き上がる。しかし、その気持ちを抑え込むように、拳を握った。抱きしめてしまえば、きっと自分の想いがすべて表に出てしまう。それは、今はまだ怖くてできない。

「素敵な年齢ですね。」美咲はそう言葉を選び、穏やかな微笑みを浮かべた。由紀は彼女の言葉に、少しだけ表情を和らげた。

「ありがとう、美咲さん。」由紀がグラスを傾ける姿を見ながら、美咲は自分の心の中でいろいろな感情が交差するのを感じていた。彼女にとって由紀は憧れであり、手の届かない存在。それでも、こうして少しずつ彼女の心に触れていくたびに、その距離が縮まっているような気がしていた。

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美咲の心臓は、由紀の穏やかな微笑みを前にしてますます激しく鼓動を打っていた。言うべきか、言わないべきか――その選択肢が頭の中をぐるぐると回る。これまで築き上げてきた関係が、この一言で壊れてしまうのではないかという不安が、美咲の胸を締めつけていた。

「……言わなきゃ、でも……」美咲は心の中で何度も自分を説得しようとしたが、由紀がどう思うのかを考えると、その言葉が喉でつかえて出てこない。

「高瀬さん……私、実は……」彼女はためらいながら、かすかに震える声で言いかけた。由紀は静かにグラスを置き、じっと美咲を見つめている。その強い視線に美咲は圧倒されるが、それでも逃げ出さないように自分を奮い立たせた。

「……まだ、18歳なんです。」その一言を口にする瞬間、まるで心の奥から重い扉を開けたような感覚がした。美咲の手が少し震えていた。

一瞬、時間が止まったように感じられた。由紀が何も言わずに美咲を見つめ続けていたからだ。美咲はその沈黙が耐えられず、視線をテーブルに落とした。もし由紀が失望していたら――もしこの一瞬で全てが変わってしまったら――そんな考えが、彼女の胸をさらに締めつけた。

だが、次の瞬間、由紀の口元に小さな笑みが浮かんだ。「そうだったのね。」その声は、意外なほど穏やかで、まるで美咲の懸念を打ち消すかのようだった。

一瞬の沈黙の後、由紀はクスリと笑いを漏らし、まるで何かを面白がるように目を細めた。「18歳ね……ふーん、なるほど。」彼女はしばらく美咲をじっと見つめた後、ゆっくりとした口調で続けた。「そう言うと、あのバーでのことは……全部不正飲酒だったってことね?さて、これは警察に報告した方がいいのかしら?」由紀は片眉を上げて、冗談を楽しむ様子で微笑んだ。

「えっ!?そんな……」美咲は顔が一気に真っ赤になり、目を大きく見開いた。

「冗談よ、冗談。」由紀は笑いながら軽く手を振ったが、その目にはまだいたずらっぽい光が残っていた。

「ちょっと、からかいすぎましたか?」由紀は軽く肩をすくめながら、さらに笑いを含んだ目で美咲を見た。「でもね、美咲さん、お酒を飲んでるとき、あなたったら大人っぽく振る舞ってたけど、今こうして見ると、やっぱり18歳にしか見えないわね。」

美咲は反論しようとしたが、由紀の視線がまるで大人が子供を見つめるように優しさとからかいに満ちていて、言葉がうまく出てこなかった。

「だって、見ていてすぐ分かっちゃったもの。」由紀は微笑んで、テーブルに肘をついて美咲をじっと見つめる。「あなた、何度もグラスを持つ手が震えてたし、顔もどんどん赤くなって……可愛かったわよ。」

「えぇっ、そんなに?」美咲は恥ずかしさでうつむきながら、顔をさらに赤くしてしまった。

「そう、まるで子供がお酒を飲むときみたいに。」由紀はニヤリと笑いながら、美咲をさらにからかうように言葉を続けた。「だから、次に飲むときはもう少し大人の振る舞いをしてみたらどうかしら?それとも、私が特別に指導してあげようか?」

「もう、いじわるですよ、由紀さん!」美咲は思わず笑いながら言い返したが、内心は少しホッとしていた。由紀がこんな風にからかってくれることが、彼女の気持ちを軽くしてくれた。

「まぁまぁ、冗談よ。」由紀はいたずらっぽい笑みを浮かべながら、グラスを再び手に取った。「次からは私に隠し事はなしにしてね。」

美咲は、その言葉に少し照れながら頷いた。「わかりました……でも、本当に驚かないんですね。」

「驚く?そんなことで?」由紀は軽く肩をすくめて笑い、「むしろ、これで美咲さんの可愛らしさがもっと増したわね。だから、これからも楽しませてね。」

話が落ち着いてきた頃、由紀がふとスマートフォンを取り出した。

「そうだ、美咲さん。インスタやってる?」彼女の突然の問いに、美咲は驚きながらも頷いた。「ええ、少しだけ……」

「良かったら、交換しない?」由紀が微笑みながらスマートフォンを差し出した。その表情に、美咲は胸が温かくなるのを感じた。由紀の私生活が垣間見られるということに、少し緊張しながらも喜びがこみ上げる。

美咲も自分のスマートフォンを取り出し、二人はアカウントを交換した。画面上に表示された由紀のアカウントには、旅先の風景や日常の風景がセンスよく切り取られていた。美咲はその写真を眺めながら、由紀の生活に触れることができることに、少しだけ近づけた気持ちになった。

「あなた、結構友達が多いのね。」由紀が、美咲のインスタの投稿を眺めてそう呟いた。美咲のアカウントには、大学の友人たちと一緒に撮った写真や、イベントに参加した様子がたくさん投稿されていた。

「あ……はい、大学の友達がたくさんいて……」美咲は少し照れくさそうに答えた。由紀に自分のプライベートを見られることが少し恥ずかしくもあったが、それと同時に由紀が自分のことを知ろうとしてくれていることに嬉しさを感じた。

「それはいいことね。大切にしなさい。」由紀は柔らかく微笑んだ。その言葉に、美咲は胸が温かくなるのを感じた。自分を見守ってくれる由紀の存在が、彼女にとって少しずつ大きな支えになっていくようだった。

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その夜、二人は互いのプライベートを少しだけ共有し、距離を縮めた。詩の話、年齢の話、インスタの交換。これまで以上に、由紀が自分の心の中に入り込んでくる。美咲の中で、由紀への想いがますます強くなっていくのを感じた。

翌週の月曜日

「紗英、ちょっと聞いて!」美咲は大学のカフェテリアに着くなり、興奮を抑えきれずに紗英の元へ駆け寄った。テーブルに着くと、彼女の目は輝いていた。

「なになに?そんなに急いでどうしたの?」紗英は驚いた顔でコーヒーカップを置き、美咲を見上げた。

「由紀さんにね、会ったの!カフェで、二人きりでお茶したの!」美咲はその言葉を早口で続けた。

紗英は一瞬驚いたように目を見開いた後、笑顔を浮かべた。「えっ、由紀さん?あの由紀さんでしょ?すごいじゃん!それでどうだったの?」

美咲は机の上にカバンを置き、心を落ち着かせるように一度深呼吸した。「もうね、夢みたいだった。最初、メールが来た時点でびっくりして…『お元気ですか?カフェでお茶でもどうですか?』って誘われて。頭が真っ白になっちゃって、返信する手が震えたの。」

「それはすごいね…」紗英は美咲の話を興味津々に聞きながら、軽く顎に手を当ててうなずいた。

「そうでしょ?しかも、会った時もすごく素敵で、大人っぽくて、ブラックコーヒーを飲んでてさ、なんか映画の中の人みたいだったの。」美咲はそのときのことを思い出しながら、顔を赤らめた。

「え、ブラックコーヒー?美咲が好きそうな雰囲気だね。で、どんな話をしたの?」紗英は笑いながら聞いた。

「最初は世間話だったんだけど…途中でね、由紀さんが私の詩のことに触れてきたの!『詩を書いてるんですよね?』って!もう、びっくりしてさ…」美咲はそのときの興奮を抑えきれず、身を乗り出すようにして話を続けた。「それで、私の詩を読んでくれてね。『とても綺麗な言葉ね』って言われて…なんか、もうすっごく嬉しかった。」

「それはよかったね、ちゃんと伝わったんだね。」紗英は美咲の熱っぽい語りに微笑みながら頷いた。「詩を書くことを理解してもらえるって、すごく特別だよね。」

「そうなの!由紀さんも詩を書くって言ってたし、なんかそれだけでもすごく共感できて…」美咲は目をキラキラさせながら続けた。「あとね、最後にインスタも交換したの!彼女の写真、すごくお洒落で…彼女の生活をもっと知れる気がして嬉しかったの。」

「インスタまで交換するなんて、結構仲良くなったんじゃない?」紗英は美咲の喜びを共有するように、親しげに笑った。「由紀さんって、どんな投稿してるの?」

「旅行の写真とか、綺麗な風景が多いかな。すごくセンスが良くてさ、見てるだけで圧倒されちゃった。」美咲は画面を思い出しながら言った。

「ふふ、美咲ったら本当に憧れてるんだね。由紀さんのこと、ずっと話してる。」紗英は軽く肩をすくめて微笑んだ。

「うん、だって…なんか、彼女って特別なんだよね。私にとって、ただの友達じゃないっていうか…」美咲は自分でもどう表現すればいいかわからず、少し言葉に詰まった。

紗英はその美咲の様子を見て、少しだけ心配そうに眉を寄せたが、すぐに柔らかな声で続けた。「でも、美咲がそんなに楽しそうならよかったよ。由紀さんとの時間、大切にしてね。」

「うん。これからも、もっと仲良くなれたらいいなって思ってる。」美咲はそう言いながら、心の中で由紀との次の約束を期待していた。