〇 千波の部屋

殺風景な千波(ちなみ)の部屋。
ピロン、スマホのメッセージを受けた音がなる。

『今日のパフェ美味しかったね。また、デートしよ! 美奈子』

美奈子と千波が顔をつけてパフェを真ん中に写っている写真。
目がぱっちりしていて派手顔で可愛い美奈子と地味顔な千波。

「美奈子は何一つ悪くないのに⋯⋯一緒にいるの、もう嫌だな」
千波は小さく呟いて鏡を見る。
そこに映るのは一重瞼でのっぺりした顔の自分。


〇(回想)千波と美奈子がカフェで男女のカップルが大きいパフェを食べているのを見ている。

千波「カップルしか注文できないなんて、差別だよね」
千波は期間限定のカップル限定パフェのページを捲り、通常メニューを見る。

その様子を見た美奈子はにっこり微笑んで手を挙げる。
頬を染めながら駆け寄ってくる若いウェイター。
 

美奈子「カップル限定パフェ頼んでも良いですか? うちら、ラブラブなんです」
ウェイター「もちろんです。できれば、SNSとかにも載せちゃってください!」

デレデレのウェイターを見てため息をつく千波。
客「ねえねえ、あの子超可愛い。芸能人かな?」「一緒にいる子、地味⋯⋯引き立て役で可哀想⋯⋯」

周囲の言葉に傷つく千波。
美奈子は良い子だけれど、千波は一緒にいると惨めな気持ちになる。

パフェを運んできたウェイターが美奈子に耳打ちする。

ウェイター「ホイップ多めにしておきました」
美奈子は嫌そうな顔で耳を擦った後、千波に微笑みかける。

美奈子「千波! 写真とろ!」


(回想終了)


〇 千波の部屋


鏡に突然、艶やかなワンレン黒髪の美女が映る。
千波「だ、誰?」
???「私よ。千波。10年後の丸川千波!」

千波「へっ? 凄い美人!」
未来の千波「何? 自画自賛? メイクをとったら貴方と同じのっぺり顔よ」
鏡に映る未来の千波はメイク落としを浸したコットンでメイクを落としだす。
現れたのは明らかに成長した千波の姿。


千波「嘘⋯⋯」
未来の千波「せっかく校則の緩い進学校に入ったのに、どうしてメイクもせずバサバサ頭で学校に行ってるの? 今からメイクを教えるから、綺麗になって根本理一郎を落として来なさい!」
千波「根本君?」

千波は根本理一郎を思い浮かべる。
学年一位の秀才だが、冴えない眼鏡をかけていて千波より背も低い。

未来の千波「根本理一郎は10年後には手の届かない王子になってるから」
千波「王子といえば藤堂くんじゃ⋯⋯」
千波の言葉に、未来の千波が怒りを耐えるようにふるふると震え出す。

未来の千波「藤堂尚弥には絶対近づいちゃダメ! あいつは私から決して離れないヒモになるの! 一度付き合ったら最後、あいつは沼だから。金を搾り取る恐ろしい金食い虫だから!」

千波「えっ? 私、王子と付き合えるんですか?」

未来の千波「過去の幻影に囚われて、25歳の時の同窓会で尚弥から告白されて付き合った。最悪よ。働かないし、ヒモ状態⋯⋯」

千波「王子と付き合えるなんて夢みたいじゃないですか! ちなみに未来の私は何をしてるんですか?」

千波は藤堂尚弥に憧れていた。
校則が緩いとはいえ進学校で垢抜けない男が多い中、髪を金髪に染めアウトローな王子だ。
高身長で大人の色気を感じるような泣きぼくろが印象な精悍な顔立ち。
千波はそんな彼と付き合える未来があるというだけで口元が緩んだ。


未来の千波「私はデパートの化粧品売り場でBA(ビューティーアドバイザー)をしてるの。尚弥とは同棲中⋯⋯」
千波「ど、同棲? 私、王子と一緒に住めるんですか?」
未来の千波「無職の尚弥が転がり込んできた状態よ。奴は金遣いが荒い癖に、魅力だけは200パーセントだから女を離さない⋯⋯」
千波「私、王子の為なら馬車馬のように働けます⋯⋯でも、藤堂王子は大きな病院の御曹司ですよね。ヒモって?」
未来の千波「尚弥は医者にはなれなかったのよ。まあ、お医者様ごっこは得意だけどね。本人も別に家が病院ってだけで医者になりたかった訳じゃなかったみたい」

千波はお医者様ごっこという大人なフレーズに思わず唾を飲み込む。
そんな千波を見て未来の千波は婀娜っぽい笑みを浮かべた。

未来の千波「藤堂家は医学部以外の進学は認めないの。3浪した上、尚弥は医学部に受からずホストの道へ。親からはその時点で勘当されてる。病院は妹が継いだみたいね。結局、尚弥も酒の飲み過ぎで体を壊してホストも辞めて今はフラフラしてる⋯⋯」

千波は憧れの王子様の未来を憂い目を潤ませる。

千波「酷い! 藤堂王子が可哀想! 私、頑張って彼の為に稼げる女になります。にしても、なんで私なんかと王子が付き合えるんですか?」
未来の千波「尚弥の周りの女を見てごらん。みんな目をぱっちりさせて量産型のモテ女になろうと必死なの。実は目の肥えた尚弥はそんな女には靡かない」

千波「一般的な可愛い子は趣味じゃないってことですね」
未来の千波「私もメイクを学び始めて知ったのだけど、メイクには似合うメイク、似合わないメイクがあるの。私に似合うのは切れ長の目を生かしたキャットラインをしっかり引いたアジアンビューティーメイク」

千波「確かに、先程の千波さんは手の届かない美女という感じがしました。でも、私みたいなのっぺり地味顔があんな風になれるなんて信じられないです⋯⋯」

千波は鏡に現れた時の未来の千波の姿を回想する。
艶やかなワンレンの黒髪に切れ長の瞳に赤い口紅をした彼女。
いかにも『高嶺の花』といった感じがした。

未来の千波「のっぺりこそ武器なのよ。引き算より、足し算の方が簡単なの。顔の凹凸なんてハイライトとシェーディングでなんとでもなる!」