「改めまして、久世航汰の父で和樹と申します」
「ご丁寧にありがとうございます。航汰さんとお付き合いさせて頂いております、羽多野真咲と申します」

 普通に名刺交換してしまった。
 近くのコーヒーショップに場を移し、ビジネス然とした空気感で簡単な自己紹介を交わす。公認会計士として地元で事務所を構えているそうで、話している限り久世の父は久世から一切の愛嬌と愛想を抜いた雰囲気だった。

「──昨日は挨拶もままならず、本当に失礼しました。見苦しいところをお見せして」
「いえ、その……色々とご事情があるということは伺っています。ですからどうぞお気になさらないでください。むしろこうして改めてお目にかかる機会をいただけて、ありがたく思っています」
「聞いていた通り、きちんとした方だ」
「は……私、ですか?」
「連絡先を存じ上げないもので、失礼ながらお帰りのところを待たせてもらいました。驚かせてしまって重ね重ね申し訳ない」
というか、あの一瞬顔を会わせただけなのによくわかったな。表情にもれてしまっていたのか、久世の父は少しだけ苦い顔をした。
「御社のホームページの採用案内で、あなたの短いインタビューが載っているのを拝見して顔は覚えていたんです。お名前はイニシャルだったが、この方だろうと」
「そ、そうでしたか、そんなところまで見てくださっていたとは……」

 親子揃って何故そこに辿り着くのだ。人事に交渉してあのページは更新してもらう決心をした。
 愛想笑いを浮かべていると、久世の父はどことなく息子と似た面差しを私に向けた。

「結婚の話ですが」
「はい!」
「今後、私どもと家族としての付き合いはないものと考えて頂きたい」
「……それは、どういう」
「航汰との結婚に際して、私の了解を得る必要はないということです。あなたさえ息子を受け入れてくださるというのなら、どうか航汰をよろしくお願いします。だが、親子として、姻戚として関わりを持つことはしないほうがいい。──私の妻のために」
「奥様のため?」
「どこまでお聞き及びかわからないが、私の妻は航汰の母親とはなれなかった。十年近く会わせることなく過ごしてきて、息子の名前も出なくなったので多少は落ち着いたのかと思っていたが、そんなことはなかった。昨日家に帰ってからも酷い有様で……電話を聞かれ、手帳を盗み見て約束の日時を知ったようで、情報管理を抜かった私の落ち度です。本当に申し訳なかった。航汰も──」

 言いかけて彼は続く言葉を飲み込んだように見えた。

「今後、あなたと航汰が結婚したからと言って我々に関わろうとすることはない。私はこれまでも、これからも父親として何ひとつしてやることはできない。非難されたとして、私は自分と妻の生活を選びます」
「……お言葉ですが、これは双方のためと理解します。承知致しました」

 顔を上げた私に久世氏の色の薄い瞳が揺れた。この色は父親譲りだったようだ。

「あなたのご両親には不義理をはたらくことになるが」
「気にさなさらないでください。私が守るべきは親の世間体ではなく、航汰さんの心であって、穏やかな生活を望むのは私も同じところですから」
「……航汰の言っていた通りの方のようだ。息子を、頼みます」