(2)

 翌日のオフィスで見る限り、久世の様子は普通だった。
 ただ私を避けているのか、予定されていた定期の、久世が何より楽しみにしているランチミーティングを急な客先への訪問を理由にリスケされ、今日一日ほとんど顔を会わせることがなかった。

<今日ご飯どうするの?>
<すみません。提案書作りたいので残業します。遅くなると思うんで今日も自分ち帰りますね>

 ほとんど隣り合わせにいるのに私たちはスマホのメッセージでやり取りをして、<了解>を伝えると私はオフィスを出た。

「おお、真咲。帰んのか?」
「うん、お疲れ」
「……なんでキレてんだ、おまえ」
「知らん」

 廊下ですれ違った喜田川は首を傾げていた。
 こういう時、私はどうすべきなのだろう。
 久世はこれまで避けていた存在と接触してしまい、動揺している。昨日の今日のことだから、久世自身が言っていたように冷静になる時間も必要にも思えた。

 ──もっと事前に聞いておけばよかった。

 迂闊だった。話したくないことなら話さなくていいと考えていたものの、どのくらい話したくないことなのかを把握しておくべきだった。

 父親の再婚は中二の時で背が伸びたのは高校に入ってからだと言っていたから、当時の久世航汰はあどけなさの残る少年、控えめに言って天使だったはずだ。しかも羽をもがれている系の傷ついた天使。
 その天使を前に継母は頭がおかしくなったと聞けば、まぁわからなくもな──、いやわからんわ。ちっとも共感できない。たとえ久世に人を狂わすほどの魅力があったとしても、エロ漫画じゃないんだから、正常な大人として、義理の息子、それも中学生の子供を何度も襲おうとするというのは、いくらなんでもヤバすぎる。
 久世の考えが甘かったのではなく、無意識に義母のことを考えるのを心が拒否していたのだろう。

「はあぁ……」

 悩みながらビルのエントランスを抜け、大通りに出で駅に向かう。
 そこで、

「失礼、羽多野さんでしょうか」

 後ろから掛けられた声に振り返れば、スーツ姿の中年男性が立っていた。白いものの混じった黒髪を撫で付け、年齢を重ねてなお整ったその面差しは誰かを思い起こさせる。というか、見覚えがあるどころの話ではない。この人は──
「こ、航汰のお父さん!」
 久世の父だった。