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「真咲さんの結婚式に関する考えについて、忌憚のない意見をお伺いしたいのですが」

 豪奢なホテルのティーラウンジで、紅茶のカップで唇を湿らせ、改まったジャケット姿の久世航汰は真剣な眼差しで告げた。

「……面接?」
「あ、いえ、そういえば結婚にあたってちゃんと聞いた事なかったなって思って」

 周りをみれば着飾った男女の姿がちらほらと見える。広々としたエントランスには披露宴の案内表示が出ていたから、日取りのいい今日はこのホテルで結婚式が執り行われるのだろう。

「結婚式か。友達もみんな年頃だから御祝儀貧乏になるのはしょっちゅうだし、人の結婚式見るのは好きだけど、準備大変って聞くから自分がしたいとは特に思わないかな」
「そ、そうなんですか」
「誰を呼ぶだの呼ばないだの。両家のバランスがどうのって、うちの親うるさそうだし。後からああでもないこうでもないってネチネチ言ってきそうで。やるとなれば自分たちの好きだけでできるわけでもないしね。ああ、でも航汰の新郎姿は見てみたいかな。世界の主役を張れるのは間違いない」
「……それ俺のセリフでしょうよ。真咲さんのウェディングドレス姿、俺が誰より見たいです。でも、調整が大変っていうのは同感で、両家のバランスってなると俺のほうはきっと羽多野家の期待には応えられそうにないので」
「じゃあさ、ふたりだけでやらない?」
「ふたりで?」
「私と航汰だけ。煩わしいの全部なしにして、お互い人生で一度の晴れ姿で誓いを立てればいいんじゃないかな。ドレスでチャペルでも、神社で和装の神前でも構わんけど、お互い宗教上必須ってわけじゃなくて単に節目の意味なんだし、証人がほしいっていうなら兄貴でも喜田川でも双方信頼できる人にだけ見て貰えばいいよ」
「真咲さんのご両親はそれで納得します?」
「するんじゃなくてさせるのだよ、久世くん。我々の営業力が試されている」
「あ……」
「航汰って普段先回りして諸々抜かりなく考えてんのに、急にこういうところ臆病になるね」

 久世は長いまつ毛を伏せるとややあって「家が絡むことになると、なんか、ダメみたいです」とこぼした。

「正解が、わからなくて……」

 今日は、久世の父と面会する予定になっていた。
 久世の地元は近郊の他県にあったが、そちらではなく父親のほうから都内のホテルを指定された。連絡を取り合ったのも久しぶりだったらしく、顔には普段にない緊張の影があるように思えた。
 私はテーブルの上に置かれた久世の手に手を重ねる。

「正解なんてないし、私だってよくわかってないよ。迷うことがあれば、そのたび話し合って決めていけばいいんじゃない? 夫婦なんだし」
「真咲さん」

 視線を合わせれば笑顔が戻る。目じりが照れたように下がるのが彼のかわいいところだ。気を取り直したところで約束の時間はすでに十分ほど過ぎており、「遅いね」なんて私が口にしたときのことだった。

「航汰!」

 テーブルの前にひとりの女性がヒールを鳴らして現れた。四十代後半といったところのその人に感極まった様子で名を呼ばれた久世は、目を見開き、瞳を細かに震わせていた。

「ああっ航汰、航汰だ! 久しぶりね、ママの考えてた通りに素敵な男になった。航汰ったらちっとも連絡よこさないから、ママ心配だったの」
「なんで……あなたが……」

 ──ママ?
 ママと言った女性が久世の手を取ろうとすると、久世は咄嗟にその手を払い除けた。

「やめてください!」
「やだ、どうしたの? 航汰」

 久世のただならぬ様子に戸惑う中、「美耶子──!」と声を上げ、スーツ姿の中年男性が血相を変えて駆け寄ってきた。

「お父さん」

 そう呼ばれた男性は、私に一瞬視線を向け、すぐさま女性の腕を掴んだ。見れば確かに久世とどこか似た面差しだ。

「すまん、私だけ来るつもりが、おまえとの電話を聞かれていたらしい」
「航汰はいつもパパにだけ連絡するんだもの。ズルいでしょ……あら、この女は誰? 何なのかしら、ママすごく嫌」

 女の長いまつ毛の奥で鋭い瞳が私を睨んだ。

「航汰、悪いが今日は」
「はい……」

 帰ろうと言って久世の父は妻の腕を引く。

「たまには家に帰ってきてね、航汰。ママ、待ってるから」

 引き摺られるようにしてラウンジを去るふたりが姿を消すと、私たちのテーブルに注がれていた注目もすぐに霧散した。

「航汰? 航汰、大丈夫?」
「あ……はい、すみません。本当に、すみません。あれが、父と、父の再婚相手で、俺の義理の母にあたる人で……ごめんなさい、真咲さん……」
「謝ることないよ。私たちも帰ろうか、顔色悪い」