旅行という非日常から戻ると、すぐに慌ただしい現実に日々忙殺された。
 ベッドサイドに置いた小さな棚の上で、スマホにセットしたアラームが鳴る。腕を伸ばしてほとんど手探りでそれを止めると、すぐそばで久世がもそもそと身動ぎしながら私の寝間着をたくし上げ、胸に顔を埋めて吸い付いてきた。

「こらぁ、何してるスケベ」
「……目覚めの、おっぱい、いただいてます」
「目覚めの一杯みたいに言うんじゃない。ほら、起きるから放して。航汰はあと十五分は寝れるよ」

 そう言って額を撫でてやれば、まだ眠たそうな薄い色の瞳が開く。

「いや起きなきゃ……俺、家寄って厚手のコート取ってから会社行かないと、寒くて」
「航汰、案外寒がりなんだね。家戻るなら朝ごはん早めに準備するから、エアコン暖まるまでは布団にいたら?」
「んー」
「んーじゃなくて、わかったら乳を揉むな、手を離せ」
「むり。あったかふわふわの真咲さんから手を離すとかむり……あぁあ、起きたくないぃ家が来いよぉお」
「気持ちはわかるわ。一緒住むか」
「うん、住む。──え?」
「結婚しよっか」
「えっ!」
「仕事のチームは変わっちゃうけど、プライベートで新たなチーム組もう」
「く、組む。組む組む! いいんですか!」
「うん。実は旅行のあたりから決めてた。私、航汰の奥さんになりたいので、不束者ですがよろしくお願いします」

 久世は結局その日コートを取りに家に戻ることはなく、一日中どうしようもなく輝いていた。