「──今日はありがとうございました。お土産までこんないっぱい頂いて」

 普段兄の店から買っているシャンプーやトリートメント剤の他スタイリング様のワックスなども持たされ、兄との対面は終了となった。

「いいのよ。今度は普通にご飯でも食べながら話しましょうね。真咲抜きでも構わないし、困ったことがあったらこのお兄さんを頼りなさい」

 兄は店先でにこやかにそんなことを言い、私に向かっては低く太い声で「ぜってぇ逃がすなよ。わかってんな?」と凄んできた。

「キャラを安定させろ」
「どれもアタシよ。──あ、航ちゃん」

 顔を上げた久世に兄は穏やかな顔で微笑みながら続けた。

「真咲はね、器用貧乏の仕事バカの上、アタシみたいなのが近くにいるせいか、今までろくな男が寄ってこなくてどうしたもんかと思ってたのよ」
「悪口!」
「でも、こんな変な兄貴のことも見捨てないで何のかんの慕ってくれる大事な妹なの。残念なことにアタシじゃ真咲の全部を幸せにしてあげることはできなくて、航ちゃんならもしかしたらって思うから、この子のこと──よろしくね」
「はい! 真咲さんは俺が絶対幸せにします。俺も真咲さんが大事ですから」
「約束よ。破ったらたとえ真咲が許しても、アタシが許さないから、そのつもりでね」
「兄貴……」
「だから兄貴って呼ぶんじゃねぇ!」

 通りを駅に向かって歩きながら、私は隣で歩調を合わせてくれる久世を見やった。

「今日は本当ありがとね、付き合ってくれて」
「いえ、俺ほうこそ! 今度から俺もリョウちゃんさんにカットしてもらうことにしました。話してて楽しかったですし、シャンプーのテク凄くないですか? 寝落ちしかけましたよ」
「わかる、私シャンプーもトリートメントもいつも寝るからしょっちゅう引っぱたかれる」

 妹には遠慮がないですねと笑う久世に、ひどい兄貴だよねぇなどと言って、私はすっかり日の落ちた通りに目を伏せた。

「実はさ、前に付き合ってた人は兄貴のことが無理だったみたいで、久世が兄貴のこと見て、どういう反応するのかがわからなくてちょっと不安だったんだ。私と結婚を考えるってことは、あれが義理でも兄になるわけだから。遠くから珍獣として観察するのと、身内になるのは違うでしょ? で、普通に食事会とかで会わせるより、ああいう仕事してちゃんとスキルもあるって最初から理解してもらったほうが、わずかでもインパクト和らぐんじゃないかと思って……」
「そうだったんですか」
「両親とか弟たちは普通だよ。普通だから兄のことをあの人たちは受け入れられなくて、兄と関わりをもとうとする私を変わってるって言う。会社でチームリーダーして男性の部下を三人抱えてるって言ったら、それも変わってるんだって。女なのにって。何度話しても、どうしてもそういうところが理解し合えなくて、息苦しくなるから、私はあの人たちとは深い付き合いをする必要もないと思ってる」

 ふと立ち止まった気配に振り返ると、久世は穏やかな目をして薄く微笑んでいた。

「真咲さん。お兄さんに会わせてくれて、ありがとうございました。俺、お兄さんとは上手くやれそうな気がします」
「心が広いね、航ちゃんは」

 久世は笑って、颯爽と私の手を取ると再び歩きだす。

「真咲さんのツッコミスキルって、きっとお兄さんで鍛えられましたよね」
「なんじゃそら」
「話してて思いましたけど、リョウちゃんさんて頭の回転早いというか、俺と話してても常にお店の状態も把握されてて。真咲さんのお兄さんって感じがすごくしました。冷静に考えて、あの若さで都内にヘアサロンを経営する社長さんですし、真咲さんのマンションもお兄さんの持ち物なんですよね。投資としても不動産をいくつか所有されているところを考えると、相当できる人なのでは?」
「おやおやさすがは名探偵久世くん。お気づきですね。身内の私が言うのものなんだけど兄貴ってかなり頭がよくてさ、家出てく時も親が期待してた国立大学をわざわざ合格してみせてから入学手続きバックレて、美容専門学校に入ったの。父が何も出来ないように、父が苦手としてる伯母さんを味方につける根回しまでして。学費とか生活費は中高生からちょこまかやってたバイトの給料を元手に投資やってて、それで半分以上賄ってた。うちの親はあんな奴は勘当だー! って言ってたけど、兄貴の完封勝利で手も足も出せずってのが実情かな」
「すごい! 尊敬します!」

俺もいろいろお兄さんに教えてもらお、と久世は決意も新たにしたようだった。