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 社員旅行二日目は、自由行動の散策。
 久世は前々から水野くんと行動を共にすることを決めており、トラブルメーカーとコミュ障の組み合わせの保護者として彼らはチームリーダーの私の同行を求めた。加えて久世の隣には朝食会場からぴたりと張り付いて離れようとしない相田さんがおり、相田さんもまた我々がチームとして世話になっている人だから邪険にするわけにもいかず、今日はこのままこの四人で動くことになるのだろうと私は半ば諦めの気持ちでいた。

<昨日はおまえの都合に協力したから、今日はこっちに協力しろ>

 喜田川からそんなメッセージが届いたのは、ホテルを出発したバスから降りて三々五々に散策が始まろうというときのことだった。

「よっ!」

 なとどいう軽快な調子の喜田川と、同じく一課でチームリーダーを務める戸田さん。そして戸田チームの男性社員がにこにこしながらやってきたかと思えば、あれよあれよという間に、相田さんを丸め込み攫っていってしまったのである。
 なんでも戸田チームの彼が相田さんとお近付きになりたいそうで、照れる彼の横で相田さんはわりと必死に抵抗を示したものの強引なチームリーダー二名には敵わず、そして協力を仰がれた私はにこやかにそれを見送った。

「それじゃあ、予定通りに僕らでいきましょうか」

 晴れ晴れとした様子の久世に誘われ、私たちはこうしてぶらり旧軽銀座散歩となったのだった。
 天高く爽やかな秋晴れ、そして人通りの多い観光地の休日となると、人の視線は景色や店に注がれ久世航汰という存在はそこまで目立つことなく人混みに紛れることができる。私たちは人の間を縫うように歩きながら通りに面した様々な店を見て、参加できなかった野本さんへの土産を見繕った。
 一本細い路地に入り込みんだところ、ちょっとしたスペースで、我楽多市と称したフリーマーケットが行われており、表通りよりは人も少なかったこともあって、私たちはそこを覗いてみることにした。

「へぇ、いろんなものありますね。こういうごちゃごちゃっとしたの、僕わくわくします。水野さんは?」
「はい」

 ふたりの短いやりとりにこっそり和みつつ、その時、ふと目の端に留まったものに私は足を止めて久世に声をかけた。

「ねぇ、久世。これ──」
 振り返った久世は、私が示す先にあった銀と青で塗装された、ところどころ色剥げのあるフィギュアを見るや、即座目の色を変えた。

「ウルティメイト・ネオッ!」

 それはジャスティスリーグという久世が好きな特撮シリーズに出てくるキャラクターフィギュアだった。彼の唯一の趣味と言ってもいい。私も子供の頃に放映していた際は目にしていたが、久世の部屋にはこのシリーズのヒーローや怪獣のフィギュアが棚にぎちぎちに詰まっているのだ。
 どうやら中古のおもちゃを扱っているスペースのようで、スペースの主からどうぞと示された籠の中にも三百円の値札を付けられたソフトビニール製の人形が山と積まれていた。

「はぁあライジングネオだ。これもう売ってないんですよ」
「……しかもこれは限定版ですね。通常ソフビより一回り小さいので、ネオのアクティベートネオライザーに付属していたものでしょう」

 久世にそう告げたのは他でもなく水野くんだった。

「水野さん、もしや……ジャスティスリーグ……」
「リーグヒーローそのものより、ぼくは怪獣の造形のほうに興味があり……」
「僕、ネオが一番好きなんですが、怪獣だとデスドルドの胸の形状がかっこいいと思っていて……」
「……新ジャスティスリーグシリーズで新規登場した根源的脅威ジマに通ずるものがありますね」
「わかる……じゃあネオの弟子になったゼータで出た爆撃超獣グルジオボロスは? 造形はシンプルですが、ジマ同様に設定も込みでよく作られていますよね」

 その瞬間、通じ合うものがあったようで、ふたりはがっちりと固い握手を交わした。スペースの主もまた深く頷いていた。
煌めく満面の笑みで久世は私を振り返る。もしも彼が犬であれば、今頃千切れんばかりに尾っぽを振っているに違いない。

「身近に同士がいたみたいでよかったね」
「はい!」
「気になってるならふたりでいろいろ見せてもらったら? そっちの籠の中にあるソフビは、それこそグルジオボロスでしょ?」
「ほんとだ! 旧ジャスのソフビが多いですけど、新ジャスのも結構ある。真咲さん、詳しくなりましたね!」

 そりゃ家で過ごす度あんだけ見てりゃ覚えるだろ、と思うのと同時に普通に名前を呼ばれたことに気が付いた。夢中になっていた久世も途端やらかしたことにはっとしたようで、すぐさまぎこちない動きで水野くんの様子を窺う。

「羽多野さんも詳しいんですか? ジャスティスリーグ」
「く、詳しいというほどでは……私も、子供のころ見てたから」
「グルジオボロスの登場は四年前ですが」

 そうですね。私も久世に見せられたのは最近です。

「い……いま、シリーズを履修中でさ」

 水野くんの純粋な眼差しに耐え切れず答えると、彼は「そうだったんですか」と生真面目に頷いた。

「ちなみにどの程度」
「え……新ジャスのほうの半分くらいは見て、今放映中のやつは毎週見てて、あとギャラクシーバトルのほうは最新まで見てキャラクターと関係性は覚えたよ」
「今シーズンのものからビデオオンデマンド作品であるギャラクシーバトルまで? まさか有料コンテンツ会員なんですか? ガチでは?」

 まずい。水野くんを曖昧さで混乱させたくなくて誠実に答えようとすればするほど、墓穴を掘っている気がする。

「あ、あの、僕が羽多野さんに貸したんですよ、ギャラクシーバトルのブルーレイ。移動中の雑談で趣味の話になって、そこから。ね?」
「うん、そう。子供の時見てた以来だったから、今どうなってるのなぁって、そしたら割と面白くなってきて」
「ギャラクシーバトルの最新作はまだ円盤化していません。有料会員向けのネット配信だけです」

 血の気が引く。

「……俺ん家で見ました」
「白状しなくていいだろ!」