<少しだけ電話してもいいですか? 声が聞きたいです。>

 宴会がお開きとなってしばし。大浴場に向かってメイクも落とし、部屋に戻ろうとしたところで手にしていた端末がメッセージを受信した。
 OKのスタンプを返すと即座に既読がついて、久世から着信がある。

「こんばんは」
『こんばんは。いま、部屋ですか?』
「ううん、自販機あるところ」
『だから静かな声なんだ。俺はロビーです』
「周り、誰かいる?」
『いますよ。うちって社内恋愛の人ちらほらいるんですね。ロビーのラウンジでも、バーでも堂々ふたりで飲み直してる人たちいました』
「そっか。……ごめんね、誰聞いてるかわかんないから名前呼べない」
『大丈夫です』
「具合平気なの?」
『はい。喜田川さんが代わりに呑んでくれてたから。すでに爆睡してましたけど、さっき肝臓に効くやつ差し入れました。すっごいいい人ですね、喜田川さん』
「面倒見いいからねぇ。あんたのことも気に入ってるみたいだし。私からもお礼しておく。ケーキ買わないと」
『あの人、甘いもの好きなんです?』
「いや、さして。厚意は倍にして返せって、いつだったか言ってたからケーキ倍にして返そう」

 久世は低く笑った。

『これだけ言いたくて。あの時、大事なことだからって言ってくれて、嬉しかったです』
「うん。大事だよ。すごく」
『俺も。あなたのことは、本当に大事だから心から大切にします。……というか、俺ってあなたのこと変えたんですか?』
「らしいですね。おかげさまで柔らかい雰囲気になったそうで」
『そうなんだ』
「ニヤけてんでしょ」
『はい。へにゃへにゃしてます。抱きしめてキスしたい』
「家帰ったらね」
『ならもう帰ろ』

 くすくす笑っていると聞き覚えのある声が廊下に響いて、すぐそばを相田さんともうひとりの同室となっている中堅の女性社員が通り過ぎて行った。目が合って黙礼を返せば、彼女は「あれぇきっと彼氏さんとですよぉ、いいなぁ」なんてわざとらしい声音で言いながら部屋に消えていった。

『大丈夫ですか?』
「うん。人が通っただけだから。ともかくも、いくら隠そうとしても隠しきれないものがあるってことはわかった。案外見られてるもんだって勉強になったわ」
『いい加減、モテるの自覚したほうがいいですよ』
「私の彼も一目惚れだったそうだから、それ聞くと自惚れちゃうよねえ」
『事実だから何も言えませんね』
「うそうそ。いまさらモテたところで、気持ちがほしい相手はもう決まっていますから」
『お、もしかして間に合ってます?』
「ええ、間に合ってますよ。自慢の彼がいるもので、大好きなの」
『俺も、好きです』

 ニヤけてるでしょ、と窺う声には笑うしかなかった。

「正直さ、勘づかれたら一番まずい人を相手にしたような気がするけど、まぁあれで一応の牽制になったでしょ」
『……だといいんですが、あの人って』
「何?」
『いえ、気にしないでください』

 言い淀む言葉に不安の気配があった。それは私も同じだ。また廊下を行き交う人の気配がして、私は周囲に目を向けた。

「そろそろおやすみでも大丈夫? 結構人通りがあるわ」
『うん、はい。おやすみなさい。また明日』
「朝食から会うよ。そんな寂しそうな声しないで」
『そう……そうか、そうですよね! テンション上がってきました! あと何時間後です? 朝風呂入って、バチバチに仕上げていきますね!』
「お手柔らかに……」

 宣言通りに久世は朝からうざいほど眩いハンサムオーラを放ち、覚悟していたはずの私は目を焼かれ、二日酔いの喜田川は消し炭となった。