(4)

 目じりや額に柔らかく温かいものが触れては離れる。
 そんな感覚で気が付いて、熱をもって腰を撫でる手つきに意識を引き上げられた。薄目を開ければ日の落ちた室内は暗く、身をよじると柔らかな髪の感触が首筋に潜り込んでくる。

「目、覚めました?」
「んー……久世、ちゃんと寝たの?」

 寝ましたよ、と囁きながら久世は私の顎に吸い付いて、そのまま覆いかぶさって唇を塞いだ。

「いま、何時?」
「七時半くらい」

 ということは、三時間ほどは眠ったようだ。

「目が覚めたらこんな素敵なご馳走が目の前にあったので、我慢できなくて。起こしてごめんなさい」
「いいよ。それより、お腹空いてない?」
「……空いたので真咲さん食べます」

 かぷ、と鼻先を齧った久世は、覆いかぶさったまま額を合わせると熱っぽい目を向けた。

「がっついてるみたいでカッコ悪いですよね。でも、実は、いつ送り狼になってもいいように、鞄の中に用意はしてあって、だから……ほんとに、いいですか?」
「……うん」

 最初は軽く、そして角度を変えながら徐々に深くなるキスを交わす。
 優しく触れる手つきに背中がぞくぞくと震えた。息苦しいほどしつこく舌が絡んで、頭の奥が痺れる傍らで、ソファの端に置いたままになっていた私用のスマホが着信を告げ、低く振動を伝えていた。

「真咲さん、電話」
「いま、うまく考えらんないよ」
「かわい。でも、実はさっきから結構頻繁に着信きてましたよ」
「え……」

 緊急か。通常業務をほとんど放棄して帰宅したから何かあったのかと、ベッド脇の間接照明をつけ、起き上がって端末を手繰り寄せる。

「喜田川だ」
「どうぞ」

 後ろから抱きしめてきながらどうぞも何もないのだが、私は指先をスライドして応答した。

「もしもし」
『あ、悪い。俺だけど、寝てたよな』
「うん、ごめん気づかなくて。何かあった?」
『別にそういうわけじゃねぇんだけど、今、おまえん家の前に来てて』
「──はい?」

 うちの前?

『メッセージはぽこぽこ入れてて、でも既読つかねぇから寝てんだろうなと思ってた。ごめんな』
「え、いや、うちの前に来てるって」
『じゃピンポンするわ』

 近くにいるから当然喜田川の声は久世にも漏れ聞こえている。瞠目する久世と顔をあわせたところで、インターホンが着信を告げた。

『ちょっと差し入れ渡したいだけだから。顔出してくんね?』