「──それでは、休憩が開けここからは私、久世が担当させていただきます。私は普段、上司である羽多野からコーチングを受けることが多い立場におり、これからみなさんとコーチングスタイルの違いによってもたらされる影響について考えていくと共に、それらの影響について実感をもってお伝えしたい思います」

 後半は久世の独壇場だった。
 落ち着いていて聞き取りやすい抑揚のある語り口と、聴衆の注目を引く間のとり方が圧倒的に上手い。時にユーモアを交えつつ、なんと言っても種類の違う笑顔を使い分けて全参加者の脳を焼いた。

 ──久世、こういうの向いてるんだな。

 咄嗟の判断力に長け、周囲をくまなく観察している。
 解説内容もしっかりとして、私が伝えたかったことや昨日田仲先生から指導されたポイントをきちんと踏まえているから説得力があった。

 ──賢い。

 順調に進んで映像演習に差し掛かり、私は久世の合図でPCから動画を再生する。しかし、画面は読み込みをし続けるだけでスタートされなかった。

「動きません?」
 
 小走りに駆け寄って手元を覗き込む久世に、顔をしかめる。

「フリーズしたっぽいね。休憩入れて再起動するか」
「……すいません、俺、しゃべり過ぎて時間推してます。この映像昨日何回か見てて内容覚えてるので、真咲さん、俺のやりとりにあわせられませんか?」
「え」
「映像のやりとり、俺たちで再現するんです。真咲さんならできますよね」

 目を合わせて頷くと、私たちは揃って前に出た。

「申し訳ありません。機器の不調がありましたので、お見せする予定の映像を私たちのやりとりで再現することにします。あ、コントじゃないですよ、真面目なやつですからね」

 軽い笑いが起きて、私と久世は映像で見せるはずだった、上司と悩める部下としてパターンの異なる短いやりとりを披露し、それに対して参加者との意見交換に臨んだ。
 この時、私は久世とともに熱意を感じられる場を切り盛りしながら、心の奥で密かに、けれども声を大にして叫びたいくらい強く感じていた。

 ──うちの久世ってほんと才能の塊! 天才! サイコー!

 終了後のアンケートも反応はよく、帰り際、久世や私に「わかりやすかったです」とか「実践的でとても参考になりました」と声をかけてくれた人もいた。
 そうだろう、そうだろうて。
 いつの間にか剣持への敵愾心を忘れ、女性社員に囲まれまごつく久世を後方上司面でドヤっていた私だったが、その垣根の中に向こうの人事部長がキャピキャピしながら混じっていることに気づいて大いに慌てた。



 私たちは先方の人事部長から昼食に誘われ、裏路地の名店みたいな天ぷら屋で高級なお天ぷらランチをご馳走になった。剣持もその場にいたものの、彼は相槌を打つ程度でほとんど話さず、一方の部長はどうにも久世が気に入ったようで社内の人事課題から趣味の話まで和気あいあいと話題が弾んだ。
 和やかに別れた後、駅に向かう足取りも荷物も行きよりは軽い。

「……あぁ……気ぃ遣った……」
「俺も疲れました……天ぷらの味、ちっともわかんなかった」

 疲労感と高揚感から、私も久世も疲れたね以外の会話もなかったが、目が会う度になんだか嬉しくてへらへら笑ってばかりいた。

「──ただいま戻りました」

 オフィスに入るや否や、たくさんの視線が私たちへ注目する。

「ど、どうだった?」

 開口一番尋ねてきた喜田川に、私は堪えきれずに満面の笑みでピースサインを突きつけた。

「ばっちり! 大・好・評! イェーイ!」
「マジか! 昨日の今日でよくやったな!」
「ほんとマジ、ここにおわす大天才・久世航汰の活躍をみんなに見せたかった。うちの久世くんはねぇ、東京ドーム単独公演をなせるやつなんです! ねぇ久世!」
「疲れすぎてて意味わかんねぇけど、とにかく頑張ったんだなぁ、久世!」
「ありがとうございます。全部、羽多野さんのおかげです」

 どっちも頑張ったと喜田川が頷いたところで、私たちの前には統括の谷原さんが現れた。

「ふたりともお疲れさま。上手くいったようで何より」
「はい! あの、谷原さん。久世、今回本当に本当によくやってくれたんです。構築も準備ももちろん、講師としてのポテンシャルも高くて、先方の部長も久世を高く評価しています。次年度に向けた提案の幅もかなり広がる手応えがありました!」
「羽多野さん……」

 谷原さんは久世に目を向けると、大きな手で久世の肩に触れた。

「そうか。よくやったな、久世」
「はい……ありがとうございます!」