それからしばらく三人で取り留めもないことを話しつつ食事を進めて解散となった。
 私と久世が同じ路線であることに納得がいかず駄々をこねる酔っ払いと駅で別れ、人で混み合う電車に揺られる。

「一緒に帰るの久しぶりですね」
「一昨日も駅で待ち伏せされた気がしますけど」
「一昨日ぶりなら久しぶりの範疇でしょ」

 久世はただ嬉しそうに笑う。当然のように私の最寄り駅で電車を降りると、改札を抜けて暗い夜空を一緒に歩いた。

「真咲さん」
「うん?」
「もうすぐコンビニ見えるので一応聞くんですが、飲み直したいなぁとかあります?」
「ないですね。帰って寝たい」
「ですよね。俺も送り狼になるの目に見えてるんで自重します。ちょっとお酒は入ってるせいで普段よりガルガルしてますんで」
「そこまで馬鹿正直に言わなくてもいいですよ」
「誠実アピールです。馬鹿正直ついでにもうひとつ言えば、手、繋ぎたい」
「は、え? 手?」
「手! 出していますぐ!」

 言われるがまま右手を差し出すと久世の左手に結構な勢いで掴まれた。

「あの、痛いんだけど」
「えっ、ご、ごめんなさいすいません! 逃がしてたまるかと思って」

 力を緩め、久世は何度か慎重に握り直して、最終的に指を絡めた。
 ──何だこれ、恥ず……。

「……付き合ってるわけでもないのに、手ってつなぐの?」
「嫌ですか?」

 自分でもよくわからなかった。少なくとも嫌悪感はない。男の人の大きな手で、温かくて、久しぶりの感覚だ。

「喜田川さんが、手つなごうって言ってきたら?」
「断る」
「そっか。──真咲さん」
「何?」
「好きな男性のタイプ教えてください」

 その話するのかぁ。

「年上」
「へっ」
「落ち着いていて、知的でクールな紳士かな……などと、人前では言うようにしておりました」
「それは、どういう……?」
「別にこれといってタイプってあんまないなと思ってるけど、この手の話って話題としてはそれなりに上がるでしょ? もちろん、チャラついてウェイウェイしてるようなバカより落ち着いてて賢い人のほうが好きだけど、それって大抵みんなそうじゃん。だから共感されそうな、それっぽい特徴を上げるようにしてんの。無粋にならんように」
「年上は?」
「落ち着いている人が多い。はしゃぐほどの体力がないとも言うが。それだけの理由であって絶対条件ではない」
「……じゃあ、俺の顔は?」
「……十分刺さってるから遠慮してほしい。命が危うい時ある」
「ヨッシャア!」

 久世は繋いだ手を振り上げて喝采を上げた。

「うるさいよ」
「あ、すいません。でも──よかった。この顔で生まれたのやっと親に感謝できました」
「大袈裟な……」

 親にはもっと感謝しろ。

「大体いちいち反応してたら仕事にならないでしょ、ってその目でこっちを見るな」
「好きです、真咲さん。俺のこと見て。ほら、好きな顔ですよ」
「畳み掛けるんじゃない!」
「今日もキレキレだ」
「わざとやってんの? ねぇ?」
「表情変わるのかわいくて」
「はいはい」
「響いてないなぁ……。自分でも矛盾してると思うんですけど、真咲さんて俺のこと見た目で評価しないじゃないですか。仕事の出来とか、行動とか態度とか。ちゃんと俺自身の中身を見てくれてるんだなって思って、それがすごく嬉しいのに、気合い入れてんのに靡いてくれないのは寂しいって思う気持ちもある」
「中身も外見もどっちも久世自身のことなんだから、別に矛盾してないよ」
「そういうところなんですよ、真咲さんは!」

 急に興奮しだした久世は「天然人たらしマジで危ない」などといいながら地団駄を踏む。

「落ち着け」
「そうでした。落ち着いて知的でクールにならないと……真咲さんは、谷原さんみたいな人がいいのかなって思ってました。さっき言ってたタイプにもばっちりハマるし」

 久世のつぶやきに私は首を傾げた。

「谷原さん? まぁ確かにね。憧れではあるよ」
「好きですか?」
「何でも恋愛に絡めるな。谷原さんのことは人として尊敬してんの。そりゃ入社したばっかりのころは、うわぁ仕事のできる大人の男だって思って、声かけられるだけでポーっとしてたこともあったけど、谷原さんだよ? 大人の男は大人の女と恋愛するでしょ」
「真咲さんだって大人の女でしょう?」
「次元が違うって話。それにさ」

 言って私は周囲を気にしながら久世に近寄ると声を潜めた。

「誰にも絶対言わないでほしいんだけど、色気もすごいけど、なんか変な性癖ありそうだなって思ってて」
「アハハ!」
「われながら酷い偏見だと思うし大変失礼なことを言っているのはわかってるんだけど、昔からどうにも身近な感じがしないんだよね」
「俺のほうがまだ身近?」
「不思議と。それに、あんたは部下としての距離保とうとしてもぶち破ってくるでしょう」

 こんなふうに、と繋がれた手を掲げて示した。

「もっと距離を詰めたいところですが、着いちゃいましたね、マンション」
「送ってくれてありがと」
「……はい。また明日」
「うん、久世も気をつけて帰ってね」
「おやすみなさい、真咲さん」
「おやすみ」
「……はい」
「……だから、あの、いいから手を放せッ!」
「名残惜しいんです! 抱きしめていいですか!」