現在時刻、深夜零時二三分──。日付は土曜に変わった。
 私、羽多野真咲(はたのまさき)の目の前には、まるで美術館の壁に飾られた宗教画のように美しく、穏やかな顔で規則正しい寝息を立てる私の部下がいる。私の家の、引っ越しの際に奮発して買った私のカウチソファで、私の大きめのTシャツと丈の足りないスウェットを着てベロベロに酔いつぶれて眠っているのだ。

 彼は、乾杯のグラスを交わすまでは超がつくほどしっかりして、気遣いができて、真面目で爽やかで、そしてめちゃくちゃ顔のいい男だった。

 酔いつぶれた挙句、玄関からトイレまでのわずかな距離を耐えきることができなかったこいつのゲロを片付け、風呂場で立てなくなったところを救出し、水と胃薬を飲ませ、彼の尊厳を極力見ないように着替えさせて髪を乾かしたところまでは、まぁ──まぁ百歩譲って、まぁいいだろう。譲れないのは、回らない口でしゅみませんとか、ごめんなしゃとか、こーふんしてるのに酒のせいでちんちんたたないとか、こいつが唸りながらごちゃごちゃ抜かすから、いいから寝ろと言いつけたところ、いきなり私の手を掴んで「ケッコンして!」と迫ってきたことだ。

 「すきです、すきすぎる……おれ、真咲さんと、けっこん、したい! がんばって、しあわせにしますから……おれのことも、しあわせにして、くらさ」

 言い切る前に部下は見事な寝落ちを決めた。
 彼、久世航汰(くぜこうた)が私のチームに配属になって二週間だ。たったの二週間、なのに。

 ──どうしてこうなった。

 寝ぼけた酔っ払いに告げられた寝ぼけたプロポーズに、ろくな出会いもないまま今年三十路に突入する私は深いため息しか出なかった。