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「あんたほんとに小説家ですか?」


肩にまでかかる髪を無造作にくくりながらそう言った目の前の男は呆れたようにため息をついた。

おしゃれなどに時間をくっている間はないのかいつも同じ色のパーカーを着て寝不足がゆえの不健康さを多少ましにさせるために全ての髪を巻き込み1つくくりにしてまっすぐこちらを見つめてくる。

この男にも『青春時代』というものがあったのだろうか。そんな失礼極まりないことをふと思った。
テーブルの上に転がっているボールペンの先端を出したりひっこめたりする音が響く。


「いいんだよ、このままミステリーを書いてもらって。ただ、少しだけでいいから恋愛要素をいれてみたりするのはどうかなってことを提案しているんだ。
きみは現役の高校生だろう? 

いっそのこと恋愛青春ストーリーを書いてみたら?」


「はあ」


相手に伝わるほどの生返事をしたのは、わざとだった。だって全くもって乗り気がしないから。
その感情をしっかりと受け取った出版社の担当編集、染谷さんは「嫌かあ」と苦笑いを浮かべた。


「うちね、新ジャンルで青春恋愛小説だそうかって話になってんのよ。そりゃもうキッラキラの。

そんでもって青嶋くんが適任じゃないかってなってるんだ」


「なぜ?」


「さっき言った通り、青嶋くんは高校生だから」


「…他にもいると思いますけど」


「もちろん他にもあたってはいるよ?でも若くて青嶋くんくらいの文才があって売れてる作家はなかなかいないから」


若くなくたって、少なからず自分より青春ストーリーを書く人はたくさんいる。現役に書かせたらいいものが書けるなんて安直な考えにも程があるだろう。

それに自分はミステリーという分野を書きたくて書きたくてうずうずして書いているんだ。青春恋愛ストーリーなんてこれっぽっちも興味がない。

「お断りします」と言いかけたが、染谷さんが遮るように言葉を放った。


「ひとまず書いてみてくれない?ネタなんて学校中に広がっているはずだよ、いきなり書き始めろなんて言わない、最初はプロットだけでもいいから」


「…すごく嫌ですけど、気が向いたら」


「まあ、こわいよね、新しい未知のものって。それを知らずに生きていくと狭まった世界しか見えなくなる。俺は君にそうなってほしくはないよ」


「っ」


くだらない。
知ったようなくちをききやがってくそみたいな大人だ。
鞄を引っ掴んで立ち上がる。うまくのせることができたと思ったのか染谷さんは満足げに笑っていた。