○学校・2年2組教室(朝休み)

自分の席で那月と遥と話をしているくるみ。

那月「ねぇねぇ、駅前にできたカフェ、パフェがすごく映えるんだって!次の部活の休みに行こう!」

遥「行く行く!」

くるみ「私は二人の予定に合わせれるからいつでも言ってね。」 

盛り上がっている3人のところへ、蓮が学生鞄を肩に下げてやって来る。

蓮「おはよう。」

くるみ「おはよう。」

くるみ(今日も素敵な笑顔。)

那月「サッカー部は朝練?お疲れ様!」

蓮に笑顔を見せながら話しかける那月。

蓮「そう、朝練。ほら、もうすぐ先輩たちの最後の試合だから。」

遥「そっか。運動部の3年は夏の大会が最後だもんね。」

話には入っていける遥に対して、何も言えず三人を眺めるくるみ。

くるみ(高柳くんと話したいけど、何を言えばいいか分からなくなる。)

チャイムの音

那月・遥「またあとでね。」

くるみに手を振る那月と遥。小さくてを振り返すくるみ。

クラスの人たちが席に座り始めるのが、担任はまだやって来ない。

蓮「橘さんのそれさー……」

くるみが蓮の方を見ると目が合う。

くるみ(うぅっ…変わらず今日もかっこいい!)

蓮「その筆箱のやつ、ライチのスタンプのやつだよね。」

くるみの筆箱はメッセージアプリ ライモの「ころころわんわん」の柄になっている。

くるみ「そう!ころころわんわん可愛いくて好きなの。白い丸いもふもふに耳と尻尾が生えて、さらにまんまるの目がキュートで。」

蓮「実は俺も好き。」

蓮がちょっと恥ずかしそうに言う蓮。その蓮にふふっと笑うくるみ。

くるみ「高柳くんが好きだなんてなんかちょっと意外かも。」

蓮「家でポメラニアンを飼っててさ、そいつ似てるんだ。」

くるみ「そうなんだ。その子、すごく可愛いんだろうね。でも、ちょっと嬉しい。ころころわんわん好きな人がいて。那月なんかは可愛すぎてちょっと無理って言うんだもん。」

蓮「あのさ……」

と言ったあと、蓮は少し間を空ける。

蓮「せっかくだから、ライチ、交換しない?」

くるみ「えっ?」

蓮「いや、あの、ころころわんわん好き同盟みたいな?」

くるみ「……する!もちろん!」

お互いのスマホを突き合わせるくるみと蓮。

くるみ(うわー!!どうしよう!!高柳くんのライチ、手に入れちゃった!!うわー!!)

男性中年担任「悪い。遅くなった。スマホとか出してるやつ鞄に仕舞えよー。」

一人興奮し切っているくるみ。

くるみ(この喜び…誰かに言いたい!!誰か……誰か……そうだ!!)

○学校・2年2組の教室(昼休み)

那月「くるみー、お昼行こう。」

くるみ「あの、今日はちょっと……」

遥「どうしたの?」

くるみ「呼び出しくらっちゃって……」

那月「呼び出し!?」

くるみ「九条先生に!この間の数学の小テストの点が悪くて、昼休みに昼飯を持って職員室に来いって。」

遥「マジか。九条ちゃんも数学への愛が熱いからねぇ。容赦ないねぇ。くるみ、数学嫌いって言ってたもんね。」

那月「でも、九条ちゃんの呼び出しなら、私は喜んで行っちゃうかも。」

遥「分かるー!かっこいいもん、九条ちゃん!」

くるみ「えー?そうかな……と、とりあえず行ってくる!」

那月「いってらー。」

お弁当の入った鞄を抱えて、小走りで職員室まで行くくるみ。

くるみ(九条先生、職員室にいるかな。別に約束とかしていないから、いないかもしれないけど……。)

職員室の入口から中を覗くくるみ。

くるみ「失礼します。2年2組の橘です。九条先生いますか?」

職員室の一部の教師の視線が一瞬くるみに注がれる。九条は職員室の自分のデスクで、マグカップに入っていたコーヒーを飲んでいたが、くるみの声にコーヒーを咽せさせる。

早足でくるみの元にやって来る九条。

九条「ちょっ、こんな時間に職員室に来るって何考えてるの?」

小声でくるみに話しかける九条。

くるみ「先生に話したいことできたから。」

九条「あのなぁ……」

呆れた顔をする九条。

「数学準備室の前で待ってて。」

自席に戻って行く九条。周りに座る教師に

九条「数学の問題教えて欲しいって言ってるんで行ってきます。」

と言っている。


○学校・数学準備室(昼休み)

昨日と同じように隣り合わせの席に座るくるみと九条。

九条「まさか昼休みに訪問してくるとはね。」

九条の溜息きにしょんぼりと項垂れるくるみ。

くるみ「ごめんなさい。迷惑でしたよね?」

九条「別に迷惑とかじゃないけど、俺みたいなイケメン教師は色々大変なのよ。」

くるみ「うわー……先生、自分のこと自分でイケメンとか言うんだ。」

若干引き気味のくるみに九条は「うるさい。」と言ってから

九条「先輩教師からの監視の目が厳しいのよ。その容姿と若さで女子生徒を誑かしてるんじゃないかって。」

くるみ「先生のこと好きって子、結構いますもんね。」

九条「嫌われるよりは有難いけど、正直迷惑。」

悪びれずにキッパリ言う九条。

九条「俺は生徒と恋愛する気はないよ。」

くるみ「どうして?」

九条「面倒くさいから。てか、そう言うのって禁止されてるからね。で、話って何?」

くるみ「それですよ!お話!聞いてください!」

九条の両手を自分の掌でガシッとつかむくるみ。

くるみ「高柳くんにね、ライチを交換しようって言われたんですよ!!」

九条「へぇー。良かったじゃん。」

くるみ「もう、ころころわんわんに感謝ですよ。」

九条「ころころわんわん!?」 

何それと言った顔をする九条。

くるみ「知らないんですか?これです。」

くるみは自分のスマホのライチを見せる。

くるみ「この丸っこい姿がすごく可愛いんです。」

九条「確かに。」

くるみ「でしょ、でしょ!」

九条が頷いてくれて、くるみの表情は華やぐ。

九条「しかし、高柳が好きなのは意外だな。」

くるみ「私も意外でした。お家にこれにに似たポメラニアンを飼ってるんですって。」

九条「なるほど。犬好きは犬のキャラも愛するってことか。」

くるみ「先生、これからどうしたらいいですか?」

九条「どうするって何が?連絡先知ったんだから、連絡取り合えはいいじゃん。」 

くるみ「無理!!無理ですよ、そんなの!!」

九条「なんでだよ!?高校生なんて暇さえあれば、友だちと連絡してんじゃん。」

くるみ「だって、内容に悩んじゃって……変なこと打って嫌われたくないし。今朝だって全然喋れなかったんです。那月も遥も楽しそうに高柳くんと話してたのに。」

肩を落とすくるみ。

くるみと九条はとりあえず持っている昼ご飯を食べ始める。くるみはお弁当の蓋を開ける。九条はコンビニのおにぎりを開封する。

くるみ「私、自信ないんです。何の取り柄もないから。見た目もザ・普通だし。だから、高柳くん、私と話してて楽しいのかなってすぐ考えちゃう。」

表情ひとつ変えずに、もしゃもしゃとおにぎりを食べる九条。

九条「好きなこと話したら?」

くるみ「えっ?」

九条「少なくとも高柳は橘と仲良くなりたいとは思ってると思うけど。」

くるみ「えぇっ!?どうしてそんなこと思うんですか!?」

九条「仲良くなりたいって思ってなかったら、ライチなんて交換しないだろ。しかも、普段もだいたいは高柳から話しかけてるみたいだし。」

みるみる頬が赤くなるくるみ。

くるみ「……そっか……うわぁー……先生が言うとすごく説得力あります。」

九条「そう?」

くるみ「だって、自称イケメンだもん。」

九条「自称じゃねぇよ。周りも認めるイケメンだからな。」

九条の台詞にふふふっと笑うくるみ。

九条「そうやって、笑ってろ。相手が笑ってくれると、高柳も話しかけやすいだろ。」

くるみ「うん。先生、ありがとうございます!なんか先生って君にゾッコンラブの森くんみたい。森くんは花美が悩んだ時に手を差し伸べてくれる爽やかキャラなんですよ!」

九条「でたっ……君にゾッコンラブ……」

くるみ「あー!先生、君にゾッコンラブのことちょっとバカにしてるでしょ?」

九条「だって、タイトルがダサ過ぎじゃん。」

くるみ「今、全世界の君にゾッコンラブファンを敵に回しましたよ!」

九条「いいよ、いいよ。敵に回しても。」

くるみ「そんなこと言わないで、ちょっと見てください。私のお勧めのシーンはここです。」

お弁当をデスクに置いて、自分の座っていた回転椅子を高柳に近付けるくるみ。肩が触れ合うぐらいの距離になる二人。

くるみ「ここはね、お互いに勘違いをしていた太郎と花美の誤解が解けて、仲直りするシーンなんですよ。太郎の俺には花美しかいないってセリフの顔が胸キュンで……」

高柳「ダメだ。全然、理解できん。」

くるみ「えー!?こんな名シーンが刺さらないなんて、先生の心はどうなってるんですか?」

くるみが顔を上げると、高柳と視線が合う。もう一歩近付いたらキスできるぐらいの距離。

くるみ「あっ……えっと…とにかくお勧めです!」

頬を赤く染めて、くるみは九条から視線を逸らす。

くるみ(びっくりした。近付きすぎちゃった。)

九条は顔の赤いくるみに対して、少し困ったように後方部を掻いた後で、

九条「そう言えば、昨日の小テスト、70点だったぞ。」

と、話題を転換する。

くるみ「本当に!?」

九条「あぁ。今までの橘からしたら、頑張ったと思うよ。」

くるみ「先生のおかげですよ。昨日、丁寧に教えてくれたから。」

九条「橘が最後まで投げ出さなかったからだろ。」

くるみ「……。」

九条「次もちゃんと頑張れよ。」

くるみ「もちろんです。お話聞いてくれたお礼に頑張ります。」


○学校・2年2組の教室(5時間目 数学)

九条「そしたら今教えた公式を使って、教科書の問題を解いて。時間は10分。」

問題に取り組む生徒。その生徒たちの机の間を前から後ろに巡視する九条。

一番後ろまで来て、くるみの席で折り返す九条。そこで足を止める。

くるみのノートの端に[昼休みはありがとうございました]と言う文字と自分で書いたころころわんわんのイラストがある。

九条がくるみの方を見やると、くるみは胸の前で小さくピースサインをして見せる。微笑してそのまま立ち去る九条。

そんな二人を隣の席から眺める蓮の姿。

○学校・2年2組の教室(ホームルーム後)

蓮「あぁ、今日も1日終わったなぁー。」

自分の席で腕を上げて大きく伸びをする蓮。

くるみ「今から部活?」

くるみ(九条先生が高柳くんも仲良くなりたいって思っているって言ってくれたから頑張る。)

蓮「うん。大会も近いから。それに来週の土曜日は練習試合もあるんだ。」

くるみ「そっか。私、サッカーの試合って生で見たことないや。」

蓮「そうなの?じゃあ見に来る?」

くるみ「えっ?」

蓮「学校で練習試合するから、もし良かったら。友だちも誘ってくれてもいいよ。高校生の試合と言えど、けっこう面白いよ。レベル的にも強豪同士の試合だから。」

くるみ「じゃあ行ってみようかな。」

蓮「了解。詳細が分かったらまた言うね。」

自席から立ち上がる高柳。そこに華やかなメイクをした背中までのストレートヘアの女子生徒が入ってくる。背もスラリとしてモデルみたいだ。

女子生徒「蓮、部長がミーティングするから早く来いって。」

くるみ(綺麗な人……)

くるみを見下ろして眺める女子生徒。

蓮「あぁ、今行く。じゃあまた明日ね、橘さん。」

くるみ「また明日。」 

蓮とその子が出て行くとすぐ、那月がやって来る。

那月「5組の鏑木(かぶらぎ)さんじゃん。」 

くるみ「鏑木さん?」

那月「知らないの?サッカー部のマネージャーで、高柳ファンクラブ会員第一号 鏑木早苗(かぶらぎ さなえ)。」

くるみ「会員第一号!?」

くるみ(確かに高柳くんには、本人には内緒でファンクラブがあって、加入者には会員番号もあるって噂は聞いたことがあるけど)

那月「第一号は創設者ってことだよ。」

くるみ(そんなすごい人だったんだ。高柳くんとも仲が良さそうだったもんなぁ。)

遥「那月、部活行こう!」

学生鞄を肩に、リュックサックを背中に背負っている遥。

那月「はーい。じゃあくるみ、また明日ね!」

くるみ「うん。いってらっしゃい。」

くるみ(二人はバスケ部に入っているのだ。私は運動は苦手だから、二人のバスケをしている姿はかっこいいのだ。)

そんな二人を見送ってから、家庭科室へと足を運ぶくるみ。


○学校・家庭科室(放課後)

家庭科部顧問「みんな座ってる?今日はフィナンシェ作るからね。」

家庭科室には左右にコンロと流しが付いた六人用の調理台があり、十五人程が座っている。

くるみ(今日は週に1回の家庭科部の活動日。運動は苦手だけど、料理は家でもしてるし、お菓子は作るのも食べること好きだし……それに……お母さんのことを助けるためにも、部活は週一ぐらいがいいってのもあった。)

くるみの隣の席に座る女子生徒がくるみの腕をちょいちょいと突く。耳下までのボブヘアーをしくりくりとした瞳と長い睫毛の女の子だ。

翠(みどり)「楽しみだね、フィナンシェ作り。」

くるみ「うん!」

くるみ(嶋 翠(シマ ミドリ)ちゃんは、クラスは違うけど、家庭科部が一緒で仲が良くて、私自身、一番話しやすい友だちだ。)

くるみ「作ったら彼氏にあげるの?」

翠「えー?どうしよう。フィナンシェ好きだから全部自分で食べちゃいそう。」

頬を染めながらも戯けて返事をする翠。

くるみ(翠ちゃんはサッカー部に彼氏がいる。一つ上の先輩で幼馴染みなのだ。)

家庭科部顧問「お喋りもいいけど、限られてる時間だからね。手も動かしてよー。」

部員たち「はぁい。」

和気藹々とフィナンシェ作りをする部員たち。先輩、後輩の垣根を越えて仲がいい部。


くるみ「よし!完成!」

調理台のお皿に並ぶフィナンシェたち。

翠「美味しそう。やっぱり全部自分で食べちゃおうかなぁ。」

女子部員1「もう、翠ちゃん!そんなこと言わないでちゃんと彼氏さんにあげなよ。私もね、好きな人に渡すの。」

くるみ「……」

翠「それって告白!?」

女子部員1「まさか!告白なんてまだ無理!でもね、今、前の席に座ってて、よく話すから……明日、作り過ぎちゃったからって言ってあげようかなって。」

翠「そうなんだ。」

女子部員1「それをきっかけにもう少し仲良くなれたらいいなって思ってるの。」

くるみ(……私も渡せたら……もう少し仲良くなれるかな……)

くるみの顔を覗き込んでいる翠。

翠「くるみちゃんも誰かに渡したいって顔してる。」

くるみ「えっ?」

翠「渡せるといいね、その人に。」

応援してるよと言うのが微笑む翠の表情に現れていた。


○くるみの自宅(夜)

くるみ「ただいまー。」

玄関にくるみの母の靴がある。

母「おかえり。」

母はすらっと背の高い女性。

くるみ「夜勤、お疲れ様。今日から2日お休み?」

母「ありがとう。そうよ、2日間休んで、次は日勤。」

ほっと胸を撫で下ろすくるみ。

くるみ(お母さんいるとやっぱり安心する。)

母「手洗ってきなさいよ。夕飯はハンバーグよ。」

くるみ「やった。お母さんの作るハンバーグ大好き!そう言えば、今日、家庭科部でフィナンシェ作ったの。一緒に食べよう。」

母「あら嬉しい。」


○くるみの自宅・ダイニング(夕食後)

ダイニングの食卓で向かい合ってフィナンシェを食べるくるみと母。

母「美味しい!やっぱりくるみの作るお菓子は最高ね!」

くるみ「甘いもの食べてる時って幸せー。」

食卓にまだ数個残っているフィナンシェ。

くるみ「お母さん、これ、明日、学校に持って行く。」

母「いいわよ、くるみの作った物だもの。好きにしなさい。」

座席を立つくるみ。

自分の部屋からラッピング材を持ってきて包み始める。最初に二つ、透明の袋に入れて、リボンをかけて完成させる。

食卓にはまだお皿に二つ残っている。

くるみ「……。」

もう一つ同じようにラッピングをする。