「そ……それは、たっ例えば同じ寝室を使う振りでは駄目なのでしょうか?」

 「そのカレンという異能持ちは映像だけが視えるのだろう。もしかしたら既に視てるかもしれないぞ? 極力私達は一緒にいた方が良いな」

 真っ赤なトマトの様になったマリアンヌの髪にちゅ、とキスを落としたテオドールはマリアンヌの耳元でそっと囁く。

 再び庭園の鯉になるマリアンヌ。

 ローラが2人の会話に真っ赤になっている。

 「貴女はマリアンヌ様の侍女なのですから顔を赤らめている場合ではありませんよ?」

 「そっそうですね? 愛し合うお二人なのですから同じ寝室で当たり前ですね?」

 ルイスが怪訝な顔をする。

 「ん? 愛し合う? はて……」

 「ルイス様? どうされたのですか?」

 (ふむ……この娘、殿下とマリアンヌ様の契約結婚の事は知らぬ様だな)

 「いえ…なんでも? あ、それより今から貴女に魔力の出し方について教えて差し上げましょう」

 ローラの顔が喜びでパっと輝く。

 「ありがとうございますっ! ルイス先生!」

 先生、という呼び方にルイスがギョッとしている。

 「なっ! 何をいいだすのやら! ゴホン、ではローラは今から私の部屋へ」
 「はいっ! 宜しくお願い致します、ルイス先生!」

 「先生は余計です! 早く来なさい!」

 賑やかな2人が去ったあと、マリアンヌは再び真っ赤になってしまった。

 (もうっ! な、なんで演技だと分かっているのにこんなにドキドキするの――?)


 ***


 一方その頃大公家では半ば強引にカレンが呼び出されて無理難題を命令されていた。

 皇帝直属の異能者カレンは今年19歳になる赤髪の少女だ。

 「あの……わ、私の透視の異能は近くのものは見えますが……」

 「うるさいっ! いいから言う通りにしろ!」

 ――バシ――ン、という頬を叩く音が響き渡りカレンは床に倒れてしまった。

 恐ろしさでガタガタ震えながら、カレンはおとなしくマリアンヌの消息を辿った。

 「何か…視えます! マリアンヌ様が公女様を抱いています」

 この報告にアレクシスはチッ、と舌打ちをする。

 「ふん…まだあの気味の悪い髪色の赤子と一緒なんだな!」

 もしも……マリアンヌが何処か遠い場所へ赤子を捨てに行って罪悪感で帰れなくなっているのならば、優しく抱き締めてやろうと思っていたのに。

 いや……。

 優しいマリアンヌのことだ。
 気味の悪い髪色の赤子を捨てるに捨てられず、途方に暮れているのかもしれないぞ?

 ならば、やはり私の出番だな。

 赤子を捨てられずに困っているマリアンヌと一緒に何処かの森にでも行って赤子を捨てる。

 そして、恐ろしい罪悪感に打ちひしがれているマリアンヌを抱き締めて共通の苦しみを分かち合うのだ。

 そうだ! 
 これだ!

 互いの苦しみを乗り越えてこそ、夫婦というものは真の家族になり互いを求めあうものなのだ。

 私達に必要なものは互いが分かち合う罪なのだ!

 「フフフ……マリアンヌ、待っていてくれ。すぐに迎えに行くよ?」


 アレクシスが一人ほくそ笑んでいると、カレンが声を上げた。

 「あっ……! 今、妃殿下の姿がまた視えてきました……あ……でも……」

 カレンを見ると、何故かきまり悪そうな表情をしている。

 「おい……マリアンヌは何処にいるのだ」

 「ええっと……ば、場所まではちょっと……」

 目を逸らすカレンの態度にアレクシは戸惑う。

 (あぁ!もしかしたら、赤子を捨てる場面が視えた……とか?)

 「ゴホン……大丈夫だ。私はどんなマリアンヌの姿であろうと受け止めてあげようと覚悟しているから。遠慮せずに視えたありのままを教えなさい」

 カレンが戸惑いながら、視線を泳がせて報告をする。

 「妃殿下は…何処かのベッドでお休み中でして……その……」

 「? どうした! まさか病気とか?」

 苛立ち声を荒げるアレクシスに、カレンはビクリ、と肩を震わせる。

 「いいから! 早く視えた事を言え!」

 大きな怒鳴り声にビクビクしながらカレンは口を開く。

 「妃殿下はお元気そうです……ベッドの隣にはゆりかごが視えますので公女様もご無事と思われます。そ、そして……妃殿下に寄り添い一緒の布団に寝ている男性が……」

 ――バキ――ン!

 「きゃあっ」

 カレンが座っていた椅子の背に手を置いていたアレクシスは椅子の背を叩き割ってしまった。

 腰を抜かして逃げようとするカレンの赤い髪の毛を掴み引きずり回す鬼の形相のアレクシスに、家臣が驚き止めに入る。

 「大公様! カレンは皇帝直属の異能者です! もしも怪我などさせたら大変な事になります! 今回もカレンの両親が危篤だと嘘をついて帰国を許されたのですから!」


 「くそっ! おい! マリアンヌの隣にいる男は誰なんだ!」

 ガタガタと震えながら涙を流すカレンは首を振る。

 「顔立ちまでは視えません。マリアンヌ様に焦点が合っていますので」

 「ならば! その男の特徴を言え!」

 「――あ、赤い瞳で……黒髪の男性です……」

 この一言でアレクシスの中の何かが壊れた。

 「アアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 激高し、手に負えそうもないアレクシスを家臣たちが宥め、震えて腰を抜かしているカレンをすぐに大公邸から逃がした。

 「マリアンヌ……! ゆ、許さない……許さないぞ――!」

 噛み締めた唇から血が滲む。


 その時、怒りに震えるアレクシスにスタンリー侯爵家から書状が届いた。

 ――なんだ? この嫌な予感は……!

 カタカタと震える指先で広げた書状はマリアンヌとの結婚無効の承諾書だった。

 「ふ……フフフ……ハハハハハハハ……」

 フラフラと立ち上がったアレクシスは力任せに書状を破り捨てようとした。

 「ああっ! いけません! 神殿の公的な書状には保護魔法が!」

 ――バリ―ン!

 大きな雷の様な音が辺りに響き渡る。

 書状を届けに来た家臣の制止も聞かずに暴挙にでたアレクシスは、保護魔法によりその場で倒れた。


 薄れゆく意識の中で、結婚無効の承諾書と黒髪の男に抱かれるマリアンヌの姿が浮かび、アレクシスはマリアンヌへのお仕置きをもっと残酷なものにしなければ……と心に誓った。


 ***


 「あの……本当に一緒に寝る……のでしょうか?」

 マリアンヌの質問にテオドールはクスリと笑う。

 「これから、マリアンヌと私は再婚する予定なのだから練習だと思えばいい……」

 「――っ」

 (赤い顔をしていても不思議と出会ったばかりの頃の怯えた表情は無くなったな……)

 テオドールがマリアンヌの頬にそっと触れる。
 ピクリ、と肩が震えていても拒絶はされない。

 そのまま額にキスを落とすと瞳をきゅっと閉じる。

 「今夜もまたエリーンが夜泣きをするかもしれないな。マリアンヌも疲れているのだからゆっくり眠るといい」

 そっとベッドに身体を横たえたマリアンヌは隣で自分を守る様に見つめるテオドールから目を逸らした。

 (ど、どうしましょう。こんなに近くで眠ってしまってもしも私が寝相が悪かったら? いびきをかいて寝てしまったら……)

 グルグルと色々な事を考えていると、すうすうと規則正しい寝息が聞こえてくる。

 (な、なんだか私ばかりが意識し過ぎていたみたいね!)


 テオドールの美しい顔を眺めながらマリアンヌはいつの間にか意識を手放し、やがて眠った。


 マリアンヌが眠った事を確認したテオドールはパチリと目を開けて、改めて間近でマリアンヌをじっと見つめた。

 そっと指先でマリアンヌの薔薇の蕾のような唇に触れる。

 (まったく……無防備で可愛らしい人だな)

 ――ピレーネ公国との離縁は相当な抵抗に遭うだろう。

 でも私は……マリアンヌとエリーンの本当の家族になりたいのだ。

 スヤスヤと眠るマリアンヌにポツリと呟く。

 「貴女は、私の本当に恐ろしい姿を見ても……私の傍にいてくれるだろうか……」