「千尋くん、何かいいことでもあったの?」
「え……」
「にやけてる」
「笑顔って言ってください」

カウンターにバラを包みに行った千尋くんは女性客とにこやかに談笑している。
そのやりとりの軽さに親しさを感じて、少しだけ羨ましかった。

「あ、配達先に好きな子でも出来た?」
城田(しろた)さんはお客様に恋したらどうします?」
「どうしようかしら、複雑ね……え、やっぱり好きな子がいるの?」

城田さんと呼ばれた女性客との会話は筒抜けで、その内容を聞いていると自分の中に芽生えていた恋心にちくちく棘が刺さっていくような感覚がしてちょっぴり痛い。
千尋くんは爽やかに笑うだけでそれ以上は何も言わなかった。

千早(ちはや)くんとしてはそういう恋愛はどうなの?」

城田さんの矛先がもう一人の男性店員——千早くんに向く。
すると彼は笑って、あっさりすごいことを言った。

「僕の妻はもともとお店のお客様だったので」
「え?」

城田さんが声を上げて驚くと同時に、私も思わず口を開けて千早くんに視線を向ける。
千尋くんは全て知っているといった笑みを浮かべて聞きながら、私のバラを丁寧に包んでいた。