またここに戻ってきちゃった……

 三月下旬。桜の開花宣言が聞ける頃、私は駅前にある柚木(ゆのき)文具の本社ビルを複雑な心境で見上げた。相変わらず大きく聳えていて少し悔しい。

 父の仕事の都合で外国に行くことになり、ここで過ごしたのは十歳までだ。が、正直あまりいい思い出はない。
 会うたびに、あそこの息子に虐められたからだ。

 年齢も学年も違うのに、彼は何が気に入らないのか、顔を合わせるたびに嫌がらせをしてきた。嫌いなら近寄らなければいいのに、なぜか毎回追いかけまわしてくるのだ。そのせいか泣かされた回数は数えきれない。

 ふぅっと小さく息を吐いて、くるりと踵を返す。
 高校は母方の祖母がいる日本でというお母さんの希望で、私はかつて通っていた兎谷学園の高等部に入学することになった。先日ひとりで帰国し、祖母が住むこの街に戻ってきたのだ。


 私は当時の記憶を辿りながら、思い出の地をゆっくり散歩することにした。

 自分がいない数年の間にこの街は大きく変化した。以前は企業の工場や研究所などが多かったが、東口にショッピングモールが出来たのを皮切りに、高層マンションやオフィスビルが増え街の雰囲気は一変した。すでに当時の面影はない。

 だけど、そんな中で変わらないのは西口だ。そこは以前も今も柚木文具が堂々と本社ビルを構えている。