むかしむかしの江戸時代。
 とある山奥の神社に、ノリオくんという名の、男の子が住んでいました。
 家族も親戚もいないノリオくんでしたが、寂しく感じることはありません。
 それはどこからか現れる妖怪たちと、いつも楽しく遊んでいたからです。
 
 遊んでいたのは、小坊主の姿をしたのっぺらぼう。
 顔が泳がすように首を伸ばし、幼いながらも花魁の姿をした、ろくろっ首。
 傘から片足だけを出し、大きな一つ目と、長い舌を垂らした傘お化け。
 近くには、いつもお地蔵様に化けた狸もいました。
 五人? いえ、一人と四妖怪はいつも一緒に遊んでいました。
 時には野山を走ったり、時には川で水遊びをし、お腹がへればみんなでお芋や、山菜を取って食べていました。

 そんなある日の事、いつものようにノリオくんと、妖怪たちが遊んでいた時の話です。
 日当たりの良い神社の前で、カードゲームをしていると、のっぺらぼうの頭に、鳥の糞が落ちてきました。
 皆の会話は止まり、のっぺらぼうは表情はわからないながらも、うつむきます。
 それを見て、ノリオくんは言いました。
「あっ、うんがついたね。これからきっと、いいことがあるよ」
 みんなが微笑むと、糞を落とされた、のっぺらぼうは声を出し笑っています。
 空を見上げると、カラスが頭上を飛んでいました。
 この辺では見ることのない大きなカラスです。
 優雅にゆっくり二回飛び回ると、カァーカァーっと鳴きながら、お地蔵様の頭に泊まりました。
 みんなは、お地蔵様が狸であることを知っていましたが、狸だけがバレていないと思い我慢しています。
 カラスはノリオくんたちを見渡すと、鼻で笑うように話しました。
「全く子供ってやつは。いい身分だねー、勉強もしないで」
 初めてみる、喋るカラスにノリオくんたちは怖がるように抱き合いました。
「驚くのはしょうがないか、喋るカラスなんて珍しいからね。そうさ、僕は動物と人間の言葉をしゃべれるバイリンガルなのさ」
 ノリオくんたちは恐れながら、カラスを見つめていました。
「ところで君達は、地球温暖化についてどう思っているのかい?」
 ノリオくんたちは、目を合わせました。
 カラスは呆れたように、話を続けます。
「おいおい、そんなことも知らないのかい? じゃあ、世界で貧困に悩む人々や、絶滅してゆく動物たち。老後のことなんか考えてないだろう?」
 妖怪たちは質問の内容より、喋るカラスが珍しいと感じると、羽や頭を掴み引っ張ったりしていました。
「やっ、やめろクソガキ」
 取り乱すカラスに、のっぺらぼうが片言で話します。
「ノリオは考えている。ノリオ優しい」
 カラスは目を細めると、笑うように話しました。
「おやおや、優しいだけじゃダメさ。勉強をして、出世しないと問題は解決できないのさ」
 ノリオくんの顔が曇りました。
「出世しないと、解決できないの?」
 カラスは意地悪そうに笑います。
「人間っていうのは愚かな生き物だから、他人の意見など聞き入れたくないのさ、時には力で抑え言いくるめないと、反論する奴が出てくるものさ」
 ノリオくんはその言葉を聞き、悲しい気持ちになりました。
「なんだかやだなー、みんな仲がいいものだと思っていたから」
 ろくろっ首は、ノリオくんの悲しそうな表情を見て可哀想になると、知識を振り絞り話します。
「そうだ、仙人様に相談したら良いでありんす。きっとノリオらしい方法を、教えてくれるでありんす」
「仙人様?」
 のっぺらぼうはその言葉を聞くと、生き生きとした口調で話します。
「仙人様。物知り」
 ノリオくんは妖怪たちの言葉に悩み決めかねていると、お地蔵様に化けた狸も、しゃべりたくてうずうずしていました。
 思わず、我慢ができずに話してしまいます。
「真実とは経験というテストの結果得られるものだと、物理学者アインシュタインが言っていたよ。どうだい? 悩んでいるなら統計学的に、多数決を取てみたら」
 カラスは突然話したお地蔵様に、目を丸くして口を開けていました。
 妖怪たちはいい案だと頷くと、挙手で確認をすることにしました。
「相談したほうがいい人、じゃなかった。いい妖怪?」
 のっぺらぼうと、ろくろっ首は無言のまま手を上げます。
 狸は手を上げたかったのですが、お地蔵様に化けていることがばれると思い、我慢しています。
 手を上げなかったのは、ノリオくんと、傘お化け、お地蔵様に化けた狸です。
「では、相談しないほうがいいと思う妖怪?』
 手を上げることができたのは、ノリオくんだけでした。
 狸はお地蔵様になりすまし、涼しげな顔をしています。
 傘お化けは、一点を見つめ、無言で立ち尽くしていました。
 多数決の結果、仙人様に相談することにしました。
「でも仙人様には、どのようにしたら会えるのだろう?」
 ノリオくんと妖怪たちは、腕を組み首をかしげ考えていると、近くにはハゲ頭の長い髭を生やした老人の姿がありました。

 ノリオくんはたづねました。
「あなたはもしかして仙人様ですか?」
「いかにも。有名な作品みたいに、油のような夕日の光の中に現れなかったが、まさしく仙人じゃ。しかし少年よ、わしは仙人は仙人でもな、すごく偉い仙人様なんじゃぞ」
 ノリオくんは、言葉を訂正します。
「そうですか、あなたがすごく偉い仙人様ですか」
 仙人はその言葉を聞くと、細めた目で見つめていました。
「うむ、実に物分かりの良い少年じゃ」
 仙人はそう話すと、ノリオくんに板ガムを差し出しました。
 それを見ていた妖怪たちも、同じことを話します。
「あなたがすごく偉い仙人様でありんすか」「偉い。仙人様」
 仙人は妖怪たちを見つめた後、残り少ない板ガムをかぞえ、それぞれに配ります。
 ろくろっ首は手のない傘お化けに、のっぺらぼうは、お地蔵様姿の狸に食べさせてあげています。
 笑顔でその行動を見つめていた仙人は、一段落すると再び話しました。
「そうじゃ。そして、一人でも仙人じゃ。なんちゃって」
 一瞬、世界が凍るような静けさが訪れましたが、妖怪たちは大声で笑い始めました。
 ろくろっ首と、のっぺらぼうは、お腹を押さえながら笑い、転げ回っています。
 傘お化けは声を出さないまでも、目をつむり笑っているようです。
 お地蔵様に化けた狸も、表情を変えないよう我慢していましたが、口元を震わせていました。
 仙人はゴソゴソと、懐の中を手探りしながら、取り出した飴玉をみんなに配りました。  
「ところで、わしに会いたかったようじゃが」
「はい、世界で起きている様々な問題を、解決したいと考えているのですが」
「そうか、頑張れよ」
「でも、どうしていいのかわからなくて、できれば誰も傷つけることなく、仲良しになる方法を教えて欲しいのですが」
「贅沢なやつじゃのー。そんな都合のいい方法を知っていれば、すでに誰かがやっているぞ」
 仙人の言葉にみんなはうつ向き、つぶやいていました。
「仙人様でも、ダメですかー」
「ダメでありんすね、仙人様でも」
「ダメ仙人」
 傷ついた仙人は、慌てて持参していたエコバックの中を探し始めました。
「でも仲良しになる魔法の道具なら持っているぞ、少年にうってつけの剣を授けよう」
 そう話し取り出したのは、桃色に輝く剣でした。
 ノリオくんは受け取ると、侍のようなポーズをとっていました。
「これこれ、まず説明を聞きなさい」
 のっぺらぼうは、仙人の着物の裾を引っ張ると、手を出し話します。
「僕も欲しい」
「うーん、この剣は、この世に一本しかないからのー」
 仙人はゴソゴソと懐を手で探ると、オタ芸で使うサイリウムを手渡しました。
 仙人は、咳払いを一回「ゴホン」っとすると、説明をし始めました。
「よいか少年。この剣はラブソードと言って、その名のごとく、どんな感情も愛情に変える魔法の剣じゃ」
 ノリオくんは、のっぺらぼうとチャンバラをしていました。
「こーれ、話はまだ途中じゃ。それと後でわしも仲間に入れてくれ」
 仙人は、もう一度咳払いを一回「ゴホン」っとすると、説明の続きを話します。
「一回叩き、好きになって欲しい人の名前を言うと、その人のことを好きになり、もう一度叩くと、恋が冷めるから、覚えておくように」
 ノリオくんは説明を聞くと、半信半疑で仙人様をラブソードで叩いていました。
 そして名前を言います。
「カラス」
 その言葉に仙人の目がハートの形に変わると、カラスに抱きつき、メロメロになっています。
「本当だ、すごい効き目だ……でも、これも強制的な感じがする」
 考え込むリオくんに、のっぺらぼう達は話しました。
「愛は世界平和、愛は世界平和」
 ノリオくんは仙人様とカラスを再び確認すると、悩みながらも、妖怪たちと江戸の町に出かけました。

 江戸の町、浅草に着くと、桃色に輝く剣を持った少年と、初めてみる妖怪の姿に人々の注目が’集まります。
「なんでい、あの格好はよ」
「コスプレじゃねえか? 写真を撮ろう」
 町人たちはノリオくんたちを囲むように集まり、スマホで写真を撮り始めました。
「僕は仲良しになる魔法の力を持ってます。世界平和に役立てたいので、誰か困っていませんか?」
 町人たちは、その言葉にどよめきました。
「おいおい、そんなセリフのアニメあったかい?」
「ゲームキャラか、何かか?」
「ところで誰だよ、こんなところにお地蔵様置いたの?」
 誰もその言葉を信じないでいましたが、野次馬の中から、青年が一人出てきました。
 綺麗に青く染まった着物を着て、前掛けをしています。
「ねえ、おいら呉服屋のせがれ、しろ吉って名前だけど。仲良しになる魔法って本当かい?」
「うん、本当だよ」
 しろ吉も笑顔になると「じゃあ、お願いがあるんだ、お礼もするからさ、着いてきてくれないかい」
 そう語りノリオくんたちを、ある場所に連れて行きました。
 向かった先は、近くの長屋でした。
 壁の隅から覗き込む目の先には、長屋中央にある共用の井戸を使い、洗い物をしている娘が見えました。
「ほら、あの子がお松ちゃんだよ。ああやって、普段は寝たきりのお父っつあんの面倒を見て、夜は酒処で働いているんだ」
 お松は、清楚で可憐で、ナチュラルメークが似合う女性でした。
「きれいな人ですね」                                 「そうさ、見た目も可愛いし、踊りだって素敵なんだぜ。盆踊りの時だって、太鼓のリズムとシンクロしているし………お願いっていうのは、お松ちゃんと仲良くなりたいんだ。いずれは夫婦になりていと考えているんだ」
 ノリオくんはその頼みに悩んでいると、ろくろっ首がノリオくんの目を見て、笑顔でうなずきました。
 お松は、洗い物を終わらせ、長屋の中に入っていきます。
 ノリオくんたちは、後をおいました。

 入り口に隠れるように待つしろ吉を残し、ノリオくんと妖怪たちは、引き戸を開け入っていきました。
「こんにちは。お邪魔します」
 突然入ってきた小さな客人に、お松は当初は驚いた表情をしましたが、すぐに笑顔に変わります。
「あら、可愛いお客さん。いらっしゃい」
 ノリオくんはラブソードを持つと、早速お松の手の甲を軽く当てていました。
「しろ吉」
 お松を確認しましたが、先ほどまでと様子が変わりません。
「あら、しろ吉さんの知り合いかしら?」
 お松の言葉に変化がないことを知ると、もう一度ラブソードを当てます。
「しろ吉」
 何度試しても、お松には効き目がありません。
「どうしたの? しろ吉さんに何かあったの?」
 ノリオくんは、事情を説明します。
「実は、呉服屋のしろ吉さんが、お松さんと仲良しに。夫婦になりたいそうなんです」
 その言葉に、お松は顔を伏せると、言い聞かせるように話します。
「そんなことないは、だって、こんな貧乏人の私なんかお嫁にもらってくれるはずがないもの」
「本当だよ、夫婦になりたいって話してたよ」
 しろ吉も、お松の否定する発言が聞こえると、慌てて部屋に入ってきました。
「そうだよお松ちゃん。おいら、お松ちゃんを嫁に迎えてんだ。おいらと夫婦になってくれ」
 しろ吉は片膝を土間に着くと、懐から用意していたと思われる青色の小箱を取り出し、中身を見せていました。
「給料の三ヶ月ぶんです」
 お松は赤く染まる自分の頬に、手のひらを当て「はい」と、小さな返事を返していました。
 パッチパッチパッチ。
 いつの間にか集まった、長屋の住民が拍手をしています。
 しかし二人は抱き合い、誰の言葉も聞こえない様子でした。
 寝たきりのお父っつあんを、のっぺらぼうが起こし、お水を飲ませてあげている始末です。
「いつもすまないねー』
 ろくろっ首も、団扇であおいでいました。
 すると今度は、住民の中から声がかかります。
「なあなあ、おいらも頼めねえかい?」
 話してきたのは、しょう蔵と名の若者でした。
 相手は大工頭領の娘、お鶴です。
 しょう蔵はお鶴に一目惚れをして、大工見習いとして働いているそうです。

 早速ノリオくんはお鶴の元に訪れると、今度もラブソードを手の甲に当て、名前をよびます。
「しょう蔵」
 しかし先ほどと同じように、お鶴にも変化はありません。
 それを見てがっかりするしょう蔵の裾を、のっぺらぼうが引っ張ります。
「けん玉」
 しょう蔵は無理に笑顔を装いながらも、のっぺらぼうに答えます。
「ああ、お礼のけん玉な。うまくいかなかったけど、特別にこさえてやるよ」
 どうやら、事前にのっぺらぼうは、お礼にけん玉が欲しいと頼んでいたみたいです。
 しょう蔵は、大工道具からノミを取り出すと、手際よく材木のあまりでけん玉を作り手渡しました。
「うわーすごーい」
 ノリオくんとお鶴が声をあげる中、その一部始終を見ていた頭領が、しょ蔵に声をかけます。
「ほーう。道具の使い方も一人前になったし、何より気っぷのいいところが粋だね。どうだい? 本格的に修行して、一人前になったらお鶴をもらってくれねえか?」
「えっ、いいんですかい?」
 しょう蔵は、頭領に答えた後お鶴を見つめています。
「ヤダ、おとっつぁん。何を言い出すの」
 お鶴は、言葉とは真逆に、喜ぶ表情を隠すように背を向けます。
 その場の皆が喜びあっていると、先ほどのしろ吉とお松が現れました。
「いたいた。お礼を渡しそびれちゃったよ」
 しろ吉がろくろっ首に手渡したのは、お手玉でした。
「ありがとうで、ありんす」
 どうやらこれも、ろくろっ首が頼んでいたみたいです。
「いいんだよ、生地の余りでこさえたもんだし」
「不慣れな私が針を入れたから、縫い目がいびつで、ごめんなさいね」
 ノリオくんは町の人たちと、妖怪たちの笑顔を見て、なんだか不思議な気持ちになりました。

 それからもノリオくんは、おとづれた(しで助)や(しこ平)の、恋を実らせていきましたが、ラブソードの効力を見ることはありませんでした。
 お礼に、ビー玉や、竹トンボなどのおもちゃをもらい、草履屋さんの(しんべい)には、傘お化けの下駄も手直ししてもらいました。
 ラブソードの効き目がないことに疑問に思いましたが、先ほどの気持ちは、安心した自分がいることに気づきました。
 
 
 ノリオくんの噂が町中に広まると、お城から使いのものがおとづれました。
 お城の大広間に案内されると、奥のさらに奥に位置する場所に、立派な着物を着たお殿様が座っています。
 豪華で何枚もの着物をまとい、威厳があることを見せるためか、表情を変えず、すましていました。
 そばには、憎ったらしい表情をした、カラスもいます。
 ノリオくんたちは、入り口付近のお殿様から遠く離れたとこに座りました。
 お付きの者がノリオくんたちに小声で話します。
「無礼の無いよう、挨拶を」
「あなた様が、お殿様ですか?」
「いかにも。よは殿様じゃ。しかし少年よ、わしは殿様は殿様でもすごく偉いお殿様じゃ」
「そうですか、あなたがすごく偉いお殿様ですか」
 するとお殿様は、重い着物を引きずり、息を切らしながら部屋の奥から近づいてきました。
 ノリオくんの前まで来ると、板ガムを差し出します。
 ノリオくんは「ありがとう」とお礼を言いながら受け取ると、お殿様はいそいそと戻っていきました。
 それを見ていた妖怪たちも、同じことを話します。
「あなた様がすごく偉い、お殿様でありんすか」「偉い。お殿様」
 お殿様は再び笑顔になると、ふらふらになりながら奥から近づいてきて、板ガムをそれぞれに配りました。お地蔵様に化けた狸に気づくと、お饅頭をあげ手を合わしています。
 妖怪たちも「ありがとう」とお礼を言い受け取ります。
 息切れをしながら、戻ったお殿様は、倒れるように座り込み話しました。
「ところで、そなたたちは、相思相愛にすることが出来る妖術を持っているのか」
 ノリオくんは正直に、話しました。
「本当はこのラブソードで町の人を、世界を幸せにしたかったのですが、効力がなくなったみたいです」
 のっぺらぼうも、自分のサイリウムを見せ、取り間違っていないと説明をしているようです。
「うむ、それは困ったのー でも、そのラブソードをワシのために今一度使ってくれないか?」 
 お殿様の話では、最近お嫁さんに来たお姫様の元気が無く、結婚を拒んでいるのではないかという内容でした。
「お礼ならたんとするぞ。なんなら、そなたを官僚にしても良いぞ」  
 お殿様が、家来に合図をすると、目の前に運ばれたものは小判に綺麗な反物。米俵にお重にぎっしり詰められた、あんこ餅でした。
「子供じゃからな、こんなのもあるぞ」
 お殿様はこれ見よがしに、竹馬に乗っています。
 妖怪たちはそばまで寄って行き、物欲しそうに見ていました。
 ノリオくんは目的に近づきましたが、表情を曇らせます。
 言われるまま案内された部屋には、小柄でとても綺麗なお姫様が座っていました。
 目が会うと、ニッコリ笑顔をくれます。
 ノリオくんたちが目の前に並ぶように座ると、お姫様は優しいしゃべり方で話しました。
「貴方たちが町で噂されている、恋を実らせる力を持つお人ですね」
「はい、でも、いえ」
 戸惑う言葉にお姫様は首をかしげると、ノリオくんはこれまでの話をしました。
「仙人様には効果があったけど、しろ吉さんにしょう蔵さん。しで助さんやしこ平さんと、名前を言っても、通じなかったのです」
 お姫様はノリオくんの言葉に、考え話しました。
「それはひょっとして、江戸っ子だからじゃないかしら?」
「江戸っ子?」
「私も遠くからお嫁に来たから知らなかったけど、江戸っ子の人は(ひ)が発音できなくて(し)と言ってしまうのですよ」
 ノリオくんと妖怪たちは、お姫様が説明してもわからないようで、顔を合わせ意味を確認試合っていました。
 お姫様はその光景を見て「クスッ」と笑います。
「物語の登場人物が、都合よい名前でばかりで驚きですね。魔法を使わなくても仲良くなれるなんてうらやましい限りです」
 お姫様の言葉に、ノリオくんは明るい笑顔で答えます。
「よかった」
 お姫様は、それまでと違うイキイキとした発言に不思議がると、のっぺらぼうが声をかけます。
「殿様。嫌い?」
「えっ? いえ、嫌いではないですよ」
 ろくろっ首も質問します。
「お姫様は、どうして元気がないでありんすか? お嫁さんになるのが嫌でありんすか? 」
「いいえ、ただ不安なのです。私たちはお互いの国が争わないため、言われるがまま結婚をしたのですが、お殿様は私のことが、好きではないのかもしれません」
 結婚した理由を知り、表情を曇らせます。
「では、仲良しで結婚したわけではないのですか」
「いいのです、人々の平和のため、どうぞその剣で私に魔法をかけて下さい」
 ノリオくんは、立ち上がると、力強よい声をかけます。
「わかりました。待っていてください」

 ノリオくんはお殿様のところに、急いで戻り話します。
「お姫様は不安みたいです」
「不安? 何が不安なのじゃ?」
 妖怪たちは、自らの頬を手で持ち上げ言葉をかけました。
「顔、顔」
「顔がどうした? 顔をどうすれば良いのじゃ」
 お殿様は、動揺しながら近くの家来に聞いていました。
「はい、確かに平常心を心得ているため、普段からお気持ちが、少しおわかりづらいかと」
 お殿様は初めて注意されたことに呆然となりました。そして周りを見つめると、目に留まったのがのっぺらぼうの表情でした。
 お殿様は「はっ」と驚きつぶやきました。
「うむ、表情から気持ちがわからないのは奇妙かもしれんのう」
 納得したお殿様に、妖怪たちはさらに話しました。
「言葉、言葉」
 お殿様は近くの家来に話します。
「言葉? よは、話をしてるぞ。姫にも挨拶を交わしておる」
 家来は申し訳なさそうに話します。
「はっ、しかし、姫にはまだ挨拶以外の会話、お優しい言葉をかけていないように存じます」
 お殿様の目に、傘お化けの姿が止まりました。
「うむ、姫からしたら、よもあのように写っているのか」
 長い沈黙の後、誰も話さないことに、お殿様は困惑しました。
「えっ、そんなんで良いのか? 表情と言葉をかわすだけで、姫はよを好いてくれるのか?」
 家来は困った表情で首をかしげ、話しました。
「はっ、拙者にはわかりかねますが、世間では、そのような殿方を首を長くして待っていると聞いたことがありますが」
 お殿様はろくろっ首を見て答えます。
「おおっ、そうか、首を長くして待っているのか」
 そして、隣に立つお地蔵様に化けた狸を見て、手を合わしました。

 それからお殿様は、ノリオくんたちに言われるまま、お姫様の部屋に行き、持っていたお手玉や、けん玉などのおもちゃで遊びました。
 童心に戻りムキになるお殿様を見て、お姫様は笑い、それにつられるようにお殿様も家来までもが笑っていました。
 皆が笑い遊び疲れた頃、すっかり二人は仲良くしていました。
 大人になると忘れてしまう。子供の中では常識のようです。
 
 お殿様は改めて、ノリオくんに褒美を与えると声をかけます。
「用意したものすべて受け取ると良い。それから、ワシの家臣に迎えるぞ」
 しかし、ノリオくんは受け取ることも、家臣になることはありませんでした。
「どうした? 大出世だぞ、嬉しくないのか?」
「うん、僕たちはこのまま山に戻ります。今までどうりみんなと仲良く暮らします。幸せは強要するものではなく、頑張ることだとわかったからです」
「そうか、でも遠慮していると、分前がなくなるぞ」
 褒美の方に目を移すと、妖怪達は竹馬や、あんころ餅の入ったお重を抱きかかえていました。
 そして再びお殿様から、聞き覚えのある声がします。
「えらいぞノリオ。よくぞそのことに気づいたな」
 お殿様が目を閉じると、口からエクトプラズムのように仙人様が抜け出しました。
「もしお主が、そのままラブソードを使い続けていたら、ロバにしてサーカスに売り飛ばすとこだったぞ」
 どうやら仙人様は、ノリオくんたちが心配で、お殿様の中に入り込んでいたみたいです。
 のっぺらぼうは、驚き声をかけます。
「ラブソードの魔法、効いていない」
「ふっふっふっ、わしのように偉い仙人様はな、常日頃から勉強や、運動、家庭の手伝いをしているから、ラブソードの効き目を無効にできるのじゃよ。でも大変だったんじゃぞ」
 側にいたカラスも、 けわしい表情で話します。
「まったくクソガキは、玄関の戸締まり、コンセントの抜き忘れは、確認して出かけたくせに、ラブソードの効力を切っていかないなんて」
 そんな悪態をつくカラスに、のっぺらぼうはラブソードを当てます。
「仙人様」
 今度はカラスの目がハートマークになり、嫌がる仙人様に抱きつきます。
 そんな二人を見て、ノリオくんは思います。
 やはり物事は強要してはいけない。話し合って解決していかないと。
 僕はそのことを大事にし、勉強して、外交官になろう。
 ノリオくんはそう誓うと、ラブソードを池のほとりに投げ捨てるのでした。

 かくして、ノリオくんたちは山に帰り、将来のため勉強をするのですが、この話は、お殿様や、お姫様。江戸の住民らから広まり、ノリオくんが大人になるまでには、戦争のない話し合いで解決できる世の中になっていました。
 現在も世界の国々で、防衛費や軍事費が使われないことによって、貧困で悩む人々、年金や環境問題全て解決しているのは、皆様もご存じのように、ラブソードがきっかけだったことは、言うまでもありません。
                              終わり