翌日の昼休み、昨日の場所に行くと浅沼くんはもう来ていた。浅沼くんの隣に座り、お互いにお弁当箱を開く。

「野中さんのお弁当美味しそう」
「お母さんが料理上手なの。事故にあった後、すぐにはあまり重いものが食べたくなくて……軽食でいつも美味しいものを作ってくれてた」
「いいお母さんだな」
「浅沼くんのお弁当も美味しそうだね。誰が作ってるの?」
「俺」
「浅沼くんが作ってるの!?」
「うん、少しでもモチベーションが欲しくて」
「モチベーション?」
「自分で作ったお弁当がお昼にあると、少しだけ午前中が頑張れないかなって思って」

 その話だけで、どれだけ浅沼くんが今まで工夫をして高校に来ていたか分かった。それでも、昨日浅沼くんは午前中にズル休みをした。どれだけ苦しかったのだろうか。
 それからもずっと他愛のない話を浅沼くんと繰り返した。相手のことを深くは(さぐ)らないような会話。
 
 それが、本当に楽しくて。

「浅沼くん、私もね、クラスで息苦しいの。当たり前だよね、皆んなと一個年が違うから。クラスのみんなが私と接するのを避ける気持ちも分かるし。それでも、ずっとこうやって高校で誰かと話したかった。だから……本当にありがとう」

私がそう言うと、浅沼くんは私の顔をじっと見つめる。

「野中さんさ、友達多かったでしょ?」

 突然の浅沼くんの質問の意図が分からない。

「周りに距離を置かれてもクラスメイトの悪口も言わないし、こんな俺にお礼だって言ってくれる。だからこそ、本当に辛かっただろうなって想像がつく」

 ああ、だめだ。また涙が溢れそうになる。クラスで浮いてるから、心が弱ってるのかな。でも本当に本当に泣きそうなの。

「去年のクラスメイトとは連絡取ってる?俺は元々そんなに友達がいなかったけど、野中さんはどうかなって」
「……心配の連絡は来てたけど、本心は言えないかな。『大丈夫』って返しちゃうから」

 私は誤魔化すように笑った。浅沼くんはそれ以上、詳しいことは聞かずにいてくれて、昼休みの終わりがそろそろ近づく。

「浅沼くん。そろそろ教室、戻ろっか」
「おう。お互い頑張ろうな」
「うん」

 教室に行きたくなくても、足は勝手に動いてくれるようで。気づけば、教室の前に立っている。カタカタと震える手で教室のドアを開けると、ドアの音に反応して数人がちらっとこちらを見る。そして、すぐに視線を外す。

 言葉に出来ないこの感情を一体どう処理すれば良いのだろう。

 大人だったら、一歳や二歳そんなに変わらないんじゃないの?例えば四十五歳と四十六歳はそんなに違う?一年ってそんなに大きい?
 浅沼くんは、私がクラスメイトの悪口を言わないことを誉めてくれた。

 だって、言えない。

 私が逆の立場だったら、きっと同じ対応をしていた。

 私が「普通」だったら、きっと対応に困ってた。

 私が「普通」だったら……そう考える自分が嫌になる。


「もう私は『普通』じゃないのかな」


 そう呟いた声は、誰にも届かない。