高校2年生の冬、1月。


年も明け、いよいよ受験に向けて志望校決めや受験勉強へ本腰を入れ始める時期となった。

そんな中、新学期早々、隣のクラスに来た転校生の話題でクラスは持ち切りだった。

「ねえ、冴!隣のクラスの転校生イケメンらしいよ。」
「そうなんだ…」
「冴は興味無い?」
「うん」
「だよね〜冴、お願い!一緒に見に行こう。」
「結ちゃんのことだからそう言うと思った。いいよ!」

友だちの片桐 結《かたぎり ゆい》はイケメンが好きな女の子。
結ちゃん自身、栗色のロングヘアに目鼻立ちもくっきり、目もクリクリでとても可愛い女の子だが、イケメン好きということもあり理想のタイプはアイドルのような人。
少し残念でもある美少女だ。

一方の私、伊藤 冴《いとう さえ》は名前の通り、特に冴えたタイプでは無い。目元は父に似て二重だが鼻や口元、フェイスラインは至って普通。
セミロングの黒髪といった、特に目立ちも地味でも無いごくごく普通な女子高生。


結ちゃんに付いて隣のクラスへ行ってみると、噂を一目見ようと小さな人だかりができていた。
イケメンという噂だから女子が多いかと思えば、当の本人は男子に囲まれていた。


「真緒久しぶりじゃん!」「元気だったか?」「またバスケやろうぜ!」

男子の中心にいたのは、ここに居るはずの無い私の知っている人だった。

こげ茶の髪色にサラッとした前髪、髪は長くも短くもないマッシュ。そして目もキリッとしていて鼻も高く、唇も薄い。結ちゃんの好きなアイドル顔。

「え…真緒くん…?」
「冴、知り合い?」
「えっと……小学校は一緒だったけど、特に仲良い人ではないよ!」
「そうなんだ、でも噂通りイケメン!狙おうかな?」

そう話をしながら教室へ戻った。

桜 真緒《さくら まお》
私の家の近所に住んでいた幼なじみ。
幼稚園から小学校までは一緒だったが、中学からは部活の推薦で私立の中高一貫へ行ってしまい、寮暮しをしていると聞いていた。

小学校低学年までは仲が良かった。
さっちゃん、まあくんと呼び合う程には。
そして、私の初恋の相手。
しかし、思春期の男女ということもあり、高学年になるにつれどんどんと関わりが減っていった。



真緒くんのママは変わらず仲良くしてくれることもあり、真緒くんとは疎遠でもよく真緒くんの家に遊びに行ったりして顔を合わせることは何度かあったが、特に会話をするほどではなかった。

真緒くんはバスケ推薦で中高に通っていたはず。
なんで今更、家の近くのごく普通の都立高校へ転校してきたのだろう。
色々な疑問を考えながら、気づくと放課後になっていた。


学校から家までは徒歩20分。
自転車を使えばもっと早いはずだが、自転車はあまり得意では無いので徒歩通学している。
街の景色を楽しんでいると20分は意外とあっという間だったりする。

そろそろ家に着くという所で、真緒くんの家の前を通ると、ちょうど真緒くんも帰ってきた様子でいた。
話すべきか迷ったが、気づくと先に口が動いていた。

「あの!真緒くん…どうして転校してきたの?バスケは…?」
「あ、冴。…お前に話すことはないよ」

そう一言言うと家の中に入ってしまった。

あんなにバスケが好きだった真緒くんがバスケを辞めて転校なんて。


中学に入って一発目の試合を真緒くんのママと見に行ったことがある。
強豪の中学で1年生なのに選抜入りしたって聞いて応援したかった。
1年生のはずなのに、見た目から先輩たちに引けを取らず、活躍する姿はとても眩しく・かっこよくみえた。
それなのに…


話すことがないと言われればそこから先、聞くに聞けず。
この日はしょうがなく帰宅した。





翌日の放課後。

ピンポーン
「はーい!」
ガチャッ
「こんにちは。」
「あら!さっちゃんじゃない!久しぶり、どうぞあがって。」
「お邪魔します」

真緒くんが教えてくれないのならとおばさんを尋ねてみた。

「さっちゃんと話すの久しぶりね!中学生以来だったかしら。」
「そうですね、高校生になりました」
「大人になって〜」
「そういえば、真緒くん帰ってきたんですね」
「そのことだと思ったわ。」
「真緒くん、なんで戻ってきたんですか?」
「さっちゃんでも、そのことは私から話せないかな。真緒が言うまでは。」
「そうですよね…」

おばさんなら教えてくれるかもと期待していたが、やはりダメだった。
でも、ひとつ分かったことがある。それはきっといい話では無いということ。
真緒くんもおばさんも揃って教えてくれないということは、何かしら話したくないことがあるのだろう。

少し悲しさも覚えたが、ここは何も聞かなかったことにしよう。
そして、聞いてしまったことを今度真緒くんに謝ろう。
そう思って、真緒くんの家を出ようとしたその時。

「さっちゃん、真緒は上にいるわよ。これ、渡してくれるかな?」

そうおばさんから受け取ったのは、おせんべい1枚。
理由は話せないけれどとおばさんなりに真緒くんと話が出来るようにと気を使ってくれたのだろう。

「ありがとうございます。わかりました!」

真緒くんの部屋は階段をのぼってすぐの部屋。昔はよく遊びに来ていたから覚えている。

コンコン
ノックをして、小さく扉を開けておせんべいだけ中に入れた。

「冴だけど…」
「冴?どうしたの?」
「あの…昨日はいきなり聞いてごめんね。…聞かれたくない話もあるよね。」
「…」
「真緒くんが話したいと思うまで、もう何も聞かないから。本当にごめんなさい。じゃあ、また学校で。」

真緒くんからの返答は無いままだったが、そのまま階段を降り、桜家を後にした。