〇学校・教室(放課後)
誰もいなくなった放課後の教室で佐倉は自分の席に座り、愛用しているピンクのペンケースへ視線を向ける。
佐倉(このペンケースが僕と針山さんを出会わせてくれたんだ)

〇(回想)佐倉の幼少期
佐倉(僕は幼い頃からかわいいものが好きだった)
食べ物も身につける物も心が躍るのはかわいいものばかり。同年代の男の子たちがヒーローに憧れる中、佐倉は着せ替え人形に夢中だった。
佐倉(それが僕の普通で、誰にも咎められることはなかった)

〇(回想)佐倉の中学生時代
中学校に入学してすぐのこと。窓の外に見える桜の木はピンクに色付いている。教科書とノート、そして大好きなピンクのペンケースを持って廊下を歩いている佐倉。
すれ違う生徒と肩がぶつかり、その拍子にペンケースを落としてしまった。それを拾うためにしゃがむ佐倉。
頭上から降ってきた悲しい言葉。
男「男のくせにピンクかよ」
男「ダッセェー」
好きな物を否定されたショックは大きかった。それから佐倉はピンクを見る度にあの言葉を思い出してしまう。
ピンクのペンケースは机の引き出しの奥深くにしまい込んだ。
佐倉(こうして僕は自分の好きを隠すようになった)

〇(回想)学校・廊下(休み時間)
佐倉(そんな僕に転機が訪れたのは、高校に入学してから数日後のことだった)
あの日と同じように教科書とノート、ペンケースを両腕で抱えるように持って歩く佐倉。
その腕の中で隠すように持っているのは、高校入学を機に再び使い始めたピンクのペンケース。
窓から見える桜とピンクのペンケースを見て思い出すのは、中学生の頃に言われたあの言葉だった。
偶然にもあのときと同じようにすれ違う生徒と肩がぶつかり、その拍子にペンケースを落としてしまう。
芽衣「わっ、ごめんなさい!」
謝りながら佐倉のペンケースを拾う芽衣。また何か言われるかもしれないと反射的に身構える佐倉。
芽衣「このペンケースかわいいね!」
予想外の言葉に佐倉は目を見開く。
芽衣「あっ!忘れ物取りに来たんだった!」
嵐のように走り去っていく芽衣。
佐倉(…馬鹿にされなかった)
悲しい思い出として閉じ込められていた佐倉の好きが解き放たれた瞬間だった。

〇(回想)学校・教室(休み時間)
黒板に書かれた文字を消している佐倉。ふと廊下に視線を向けると芽衣と朱里がいた。
佐倉(あの子、同じ学年だったんだ)
リボンの色を見てそう確信した。すると佐倉と同じクラスの男子たちが話している声が聞こえてきた。
男「針山さん、かわいいよな」
男「でも男子には針みたいにツンツンらしいぜ」
佐倉(そんな感じじゃなかったけどな…)

〇(回想)学校・廊下(休み時間)
佐倉(僕は気づけば針山さんのことを目で追っていた)
あるときは廊下の曲がり角で芽衣が男子生徒とぶつかったとき。
男「おっと、ごめん!大丈夫?怪我してない?」
芽衣「ダ、ダイジョウブデス」
直立不動でロボットのような話し方になる芽衣。

〇(回想)学校・階段(休み時間)
あるときは芽衣が先輩の男子生徒に話しかけられているとき。
男「芽衣ちゃんって彼氏とかいるの?」
芽衣「い、いえ」
男「俺とか、どうか…」
芽衣「すみません!」
食い気味で断り、階段を駆け上がっていく芽衣。あまりにも一瞬の出来事に男子生徒は呆気に取られている。
佐倉の横を走っていった芽衣の顔は赤くなっていた。
佐倉(針山さんは男子に冷たいわけじゃなくて、慣れてないだけなんだ)

〇(回想)学校・教室(休み時間)
佐倉(その翌年、僕は針山さんと同じクラスになった)怜王と並んで廊下を歩く芽衣。
佐倉(針山さんの隣にいるのって学校一のモテ男くんじゃん)
心臓の辺りを押さえる佐倉。
佐倉(あれ、何でモヤモヤするんだろう?そっか…僕、針山さんが好きなんだ)

〇(回想)学校・教室(放課後)
佐倉(あのイケメンなモテ男くんに真っ向勝負を挑んでも負けるのは目に見えている)
佐倉「これから新作のバナナラテ飲みに行かない?」
芽衣「えー!行きたい!」
佐倉(僕は、好みが合うことを最大限に活かして攻めることにした)

〇(回想)カフェ・テラス席(放課後)
バナナラテを飲んでいる芽衣と佐倉。
芽衣・佐倉「ん〜、おいしい!」
芽衣「来月の新作も楽しみだね」
佐倉「また一緒に飲みに来よう」
そうして佐倉は芽衣と仲を深めていった。順調に進んでいる一方で、佐倉には悩みがあった。
(回想終了)

〇学校・教室(放課後)
芽衣から貰った桜のクッキーを眺める佐倉。
佐倉(友達だと思われてるよなぁ…)
お返しにクッキーを渡すのは“友達でいましょう”という意味がある。
桜のはなびらが風に舞って佐倉の机に乗る。
佐倉(針山さんと出会ったのも桜のはなびらが舞う季節だったな)
机の上にはピンクのペンケースと芽衣から貰った桜のクッキー、そして桜のはなびら。
佐倉(よし、友達を卒業するなら今しかない!)

〇学校・桜の木の下(放課後)
桜のはなびらが舞い散る中、芽衣を待っている佐倉。
そこに駆け足でやってくる芽衣。
芽衣「佐倉くん、お待たせ!」

〇(回想)学校・教室(放課後)
机の中に手紙が入っているのを見つけた芽衣。
佐倉『桜の木の下で待ってるね』
芽衣は教室を出て佐倉が待つ場所へ向かった。
(回想終了)

〇学校・桜の木の下(放課後)
いつになく真剣な表情の佐倉。
佐倉「針山さんのことが好きなんだ、僕の彼女になってくれませんか?」
一瞬、驚いて目を見開いた芽衣。それから切ない表情へと変わり、口を開いた。
芽衣「…ありがとう、でも私は友達として佐倉くんのことが好き」
静かにゆっくりと頷く佐倉。
佐倉「…これからも友達として好きでいてくれる?」
芽衣「もちろん」
芽衣の頭に乗っている桜のはなびらに手を伸ばす佐倉。
あと少しで届きそうというところで、風に舞ってどこかへ飛んでいく。触れられそうで触れられない。
佐倉(さようなら、僕の初恋)