「違う!」

 ある日、柱を据えようとしている時に突然声が聞こえた気がして、辺りを見回した。
 しかし、誰もいなかった。
 
「違う!」

 また、聞こえた。
 でも、誰もいなかった。
 
「誰なの? 何が違うの?」

 気味が悪くなって妹は立ち尽くした。
 
「どうした」

 少し離れた所にいたベテランの宮大工が近寄ってきて、声をかけてきた。
 妹が説明すると、彼は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに合点(がてん)したような穏やかな顔に変わった。
 
「その声は、木の声だ」

「えっ、木の声?」

 驚きを隠せない妹に向かって宮大工は大きく頷き、「木が教えてくれたんだな」と言って柱に使う木を優しく撫でた。
 そして、「木には〈陽おもて〉と〈陽うら〉がある。太陽が当たる南側を向いているのが陽おもてで、反対側が陽うら。もし、日光に慣れていない陽うらを南にして柱を据えたりすれば、乾燥しやすく、風化の速度は速くなる。木は生育の方位のままに使わなければならない」と諭すように言葉を継いだ。
 
 陽おもて……、
 陽うら……、
 生育の方位のまま……、
 と妹が呟いていると、「これを適材適所という」という声が返ってきた。
 そして、驚きと感動で立ち尽くす妹に「木の声が聞こえれば本物だ」と言って肩を叩いた。
 
 木の声が聞こえた……、
 木が語りかけてくれた……、
 木が、私に……、
 
 彼がその場を離れてからも妹は呟き続けた。