食事が終わり、最上階のラウンジに彼女を誘った。
 今夜のクライマックスを演出するための最高の席を確保するためだ。
 しかし、海側の席はすべて埋まっていた。
 わたしはがっかりするだけでなく落ち込んだ。
 せっかくの夜が台無しになりそうで不安が一気に広がった。
 それでも諦めずにほんの少しでも百万ドルの夜景が見える席がないかとフロアを見渡したが、そんな席が空いているはずがなかった。
 恋人を連れた男が考えることは同じなのだ。
 ロマンティックな席がいいに決まっている。
 わたしは出遅れた自分を悔いたし、(なじ)ったが、どうしようもなかった。
 仕方がないので反対側を見たが、ほとんど人はいなかった。
 当然だ。
 夜空しか見えない席に座る酔狂(すいきょう)なカップルはいない。
 わたしは途方に暮れて立ち尽くした。
 しかし、そんな心の内を知る由もない彼女は「こっちの方が星がよく見えるわ」とソファにさっさと座ってしまった。
 そして、ここにしましょ、というような目で見つめられた。
 わたしは仕方なく彼女の横に座ったが、落ち込んだ気分は上向かなかった。
 というより、暗雲に支配されていた。
 でも彼女は違っていた。
 にっこり笑って、窓に向かって指を差したのだ。
 促されるまま目を向けると、そこには煌めくような満天の星が広がっていた。
 百万ドルの夜景に邪魔されないことによって、星の瞬きが鮮やかに浮かび上がっていた。
 失敗したと落ち込んでいたが、そんなことはなかった。
 この席で大正解だった。
 しかも、周りには誰もいなかった。
 これ以上の舞台設定はなかった。
 わたしにとって一生に一度の大事な瞬間が迫っているのだ。
 わたしはホッと胸を撫で下ろした。