「『美顔』という会社名をどう思いますか?」

 反対に質問されてしまった。

「インパクトのある社名だと思います。特に女性には強く訴えるものがあると思います」
 答えたのは結城だった。

「ありがとう」

 わたしたちにお酒を注ぎながら幸せそうな表情で社長が笑うと、「最初、私は反対したのですけど」と奥様が口をはさんできた。
 
「『美』という文字が何かしっくりこなかったのです。敏感肌用の化粧品なのに『美』という言葉を社名に使うのはどうなんだろう、と思ったのです。でも、社名に込めた想いとこれからの事業展開の構想を聞いて納得しました。主人は『美しい顔は健やかな顔』と言ったのです」

 そこで奥様の話を社長が引き継いだ。

「メイクアップ化粧品を塗りたくって作った顔が美しい顔ではない、と思っています。それは外側だけですから。もちろん女性にとって化粧は大事です。そのことを否定するつもりはありません。問題なのは顔を作る化粧にばかり気を取られて内面を磨くことを忘れがちになることなのです」

 なるほど、

「心と体が健やかでないと美しい顔にはなりません。だから『美しい顔は健やかな顔』なのです」

 喉を潤すようにお酒を一口飲んで、社長は話を続けた。
 
「化粧品だけのビジネスをする気は最初からありませんでした。外側だけ綺麗になっても仕方がないからです。内面から滲み出る美しさでないと本物の美しさとは言えないと思うのです」

 確かに。
 
「生き生きとした毎日を過ごすこと。そのためには、心豊かに過ごすこと。そのためには、本に親しみ、素敵な映画を見て、心弾む音楽を聴き、素晴らしい絵画を愛でること。バランスのとれた食事を心がけ、食べ過ぎないこと、飲みすぎないこと。睡眠をたっぷりとってストレスをためないこと。運動をしてシャープな体を保つこと。感謝の気持ちを持ち、家族や友人、知人を大切にすること。困っている人に手を差し伸べること。つまり、心と体を健やかに保つこと。これが重要なのです」

 社長の話に引き込まれて、わたしも結城も箸が止まったままになった。