「そうこうしている間にも製造受託会社への支払いが続いていました。化粧水、乳液、クリームと製品が出来上がるたびに支払いが発生するのです。一般的には手形決済が業界の標準なのですが、実績のない私には現金決済しか道がありませんでした。当然のことながら通帳の金額がどんどん減っていきました」

 社長は眠れなくなったそうだ。
 食欲も無くなって体重がかなり落ちたという。
 その上、破産という悪夢が襲ってきただけでなく、日中においても製品在庫に押しつぶされる幻覚に悩まされるようになった。
 
 そんな憔悴(しょうすい)しきった社長を救ってくれたのが奥さんだった。
 彼女は社長の両肩に手を置いて真っすぐに目を見つめ、真剣な表情で覚悟を決めるように口を開いたそうだ。
 
「『誰も売ってくれないのなら、私たちで売りましょう』と妻は言ったのです。目から鱗でした。私は誰かに売ってもらうことしか考えていませんでした。自分で売ることなんて思いもつきませんでした」

 当時のことを思い出したのだろう、社長の目は少し潤んでいるように見えた。

「でも、自分で売るといっても」

「そうなんです。今のようにインターネットなど無い時代でしたから、お店を持つ必要がありました」

「お店ですか?」

「そうです。しかし、資金に余裕のない私が自分の店を持つことは不可能でした。だから母方の親戚に泣きついて間借りをさせてもらったのです」

 その当時の写真を見せてくれた。
 製品が並んだ棚と直立不動の若き社長が写っていた。