「母は『残念ながら会社は買収されて社名も消えてしまいました。でも、あなたには創業家の血が流れています。皮膚病で苦しむ多くの患者さんを助けてきた創業家の血が流れているのです。あなたが起業すると言った時、お父さんが大反対だったので表には出せなかったけど、私は秘かに応援していました。敏感肌で困っている人が使えるスキンケア製品を作りたいとあなたが言った時、心が震えました。私の血が、創業家の血が、あなたに脈々と流れていることを確認できたからです』と言って、通帳とカードと印鑑を私の方へ差し出しました。そして、『私の祖先が会社を創業したのは300年以上前のことです。でも、それより遥か昔からなんらかの薬を手掛けていました。それは皮膚に関するお薬だったに違いありません。だからあなたには300年よりはるか昔、もしかしたら古の時代から受け継がれた血という名の意志が流れているのです。皮膚病で苦しむ人を助けたいという古の先祖の意志です。だから、諦めてはいけません。投げ出してはいけません。あなたには創業家の意志を受け継ぐ責任があるのです。古から綿々と引き継がれた意志を守る責任があるのです。あなたは〈守り人〉になるのです』と強く見つめられました。その瞬間、古から続く悠久の歴史が注ぎ込まれたと感じましたし、なんとしてもやり続けなければならないと思いました。事業を続ける覚悟ができたのです」

 わたしは感銘を受けてジーンとしてしまったが、その時、ドアをノックする音が聞こえて、秘書が部屋に入ってきた。
 次の予定を知らせに来たのだ。
 あっという間に約束の1時間が過ぎていた。
 秘書に頷きを返した社長が腰を浮かせたのを見て、わたしは焦った。
 まだほんのさわりしか聞けていなかった。
 これでは会社案内は作れない。
 
 どうしよう、
 
 視線が結城に助けを求めた。
 しかし心配そうに見つめ返すだけだった。
 どうしようもなくなったわたしは途方に暮れたが、「明日また来てください。続きをお話します。可能な限り時間を取りますのでご心配なく」との社長の声で救われた。
 思わず気が抜けたようになったが、いつまでもそうしているわけにもいかないので、秘書とスケジュール調整をしたあと、いくつかの部門の取材を済ませて本社を出た。