ノックの音がしたあと面接官らしき男女が入ってきた。
 わたしはすぐに立ち上がって挨拶をしようとしたが、それを制するように「お座りください」と右掌をソファに向けた。
 
 四角い顔をした恰幅(かっぷく)の良い中年男性がわたしの前に座り、その横に丸顔の若い女性が座った。
 総務部長とカメラマンだという。
 
「もしかして、小説家の才高叶夢さんじゃありませんか?」

 いきなりの発言に驚いて言葉に詰まると、それを肯定と受け取ったのか、総務部長が笑みを浮かべた。

「やっぱり! 履歴書には何も書かれていませんでしたが、名前を見た時からそう思っていたのです。私、才高さんが新人賞を取った時の小説が気に入って単行本を買ったんです。今も家にあります。それに文芸誌の連載もほとんど読みました。そうそう、作詞された歌謡曲のCDも持っているんですよ」

「えっ?」

 わたしは一瞬目を剥いてしまったが、そんな様子を見て心配になったのか、総務部長の顔から笑みが消えた。

「どういうご事情か知りませんが、弊社でよろしいんですか。契約社員での採用で、給料も少ししか出せませんが」

 何かの間違いではないかと探るような言い方だった。

 わたしは呼吸を整えるのに少し時間がかかったが、なんとか声を絞り出した。

「小説家の才高叶夢はもうこの世に存在していません。イチから、いや、ゼロからやり直したいんです」

 言った途端、総務部長は驚いたようにわたしの顔を見て何かを言いかけたが、それ以上のことは訊いてこなかった。
 訊かれなくて助かった。
 
 その後、仕事に関するいくつかの確認があって面接は終わった。
 結果は後日連絡すると言われた。