「じゃあ行ってくる」

 玄関で妻と匠の頬にキスをし、バイバイと手を振り、バス停に向かった。

 バスは空いていた。
 ガラガラといっていいほど空いていた。
 しかし、席には座らず、つり革を持って前を見つめ続けた。
 フロントガラスに映る景色ではないものを見つめ続けた。
 それは、自らの意志が引き寄せた未来設計図だった。人生を賭けて挑戦する使命だった。
 吊革を強く握りしめて顎を引いてしっかりと目に焼き付けた。

 目的地が近づいてきた。
 ブレーキ音と共にバスが止まった。
 バスを降りて、空を見上げると、雲一つない快晴だった。

「申請日和だ」

 自分に言い聞かすように呟いた。
 そして、大きく深呼吸をしてから法務局の建物の中に入った。
 
 椅子に座って書類を確認した。
 登記(とうき)申請書、
 登録免許税納付用台紙、
 OCR用申請用紙、
 定款(ていかん)
 払込証明書、
 発起人の決定書、
 就任承諾書、
 印鑑証明書、
 調査報告書、
 財産引継書、
 資本金額計上証明書、
 印鑑届書。
 
 大丈夫だ。すべて揃っている。

 ほっとして目をつむると妻と匠の顔が浮かんだ。

 さて、
 
 自らを促すように声を発してから窓口に向かった。