彼女だった。
 オヤジに「帰れ」と冷たく突き放された、あの彼女だった。
 
 あの日、自宅に帰った彼女はその足で理髪店に飛び込んで、「坊主頭にしてください」と言って目を閉じた。
「いいんですか?」と驚く理容師に「剃り上げてください」と鏡越しに言い切った。
 天使の輪が浮かぶ美しい長髪を、理容師はハサミで、次にバリカンで、そして、カミソリで剃った。
 何度も「本当にいいんですか?」と確認しながら。
 
 会社を辞め、頭を剃り上げた彼女は、ホームページに紹介されている妹の足跡を追った。
 そして夢殿を描き、夢殿の模型を作ってここへ戻ってきたのだ。
 
「ただ……」

 消え入りそうな声になった。
 
「木の声を聴くことも、木の心を感じることも、木と話すこともできませんでした。宮さんのようにはできませんでした。私は……」

 声が詰まると、それまで黙って聞いていたオヤジが頭を振った。
 そして大きく首を縦に振った。
 
「よくやったな」

 声がわずかに震えていた。
 
「男でも、ここまではできない」

 オヤジは彼女のツルツルの頭を撫でた。
 
「今日からわしの娘だ。宮の妹だ。だから」

 言葉を切ったオヤジは彼女の手を取り、うんうんと何度も頷いた。