「こんにちは」

 見知らぬ女性が文化財の修復現場にやって来た。
 妹はわたしに「知っている人?」というような視線を投げてきたが、首を振って返した。
 まったく見覚えのない人だった。
 
「どちら様でしょうか」

 仕事の手を止めて問いかけた妹の視線は女性の頭に釘付けになっているようだった。
 彼女の頭は丸坊主だったのだ。
 カミソリで剃ったとしか思えないほど青く光っていた。
 彼女は何も答えず、オヤジに近づいてスケッチブックのようなものを渡した。
 
「法隆寺の夢殿(ゆめどの)を描いてきました」

 すると紙をめくるオヤジの顔に驚きの表情が浮かんだ。
 それを見て頷いた彼女は大きな紙袋から何かを取り出してオヤジに差し出した。
 夢殿の模型で、五十分の一の縮尺(しゅくしゃく)だという。
 それはまだ粗削りでプロのレベルにはほど遠かったが、ここまで仕上げるための苦労は容易に想像できるものだった。