どれくらい時間が経っただろうか、オヤジが静かに目を開けた。

「帰れ」

 冷たく言い放った。
 そしてまた目を閉じて沈黙が訪れた時、完全に空気が凍ったように思えた。
 そのせいか、予想外の展開に妹は為す術もなく立ち尽くしているようだった。
 わたしも背を向けた彼女の姿を茫然と追い続けるしかなかった。
 
「やっと一人、せっかく来てくれたのに、あんなに熱い想いを持っているのに、なんで……」

 呟きがわたしの耳に吸い込まれた瞬間、妹はこわばった表情になり、オヤジを睨みつけた。
 その表情を見ていると、今まで抱いていた尊敬の念が消え失せたのではないかと思えてならなかった。
「帰れ」という冷たい言葉に心の底から嫌悪を覚えているようだった。

 その後は妹とオヤジのぎこちない毎日が続いた。
 仕事場では棟梁と宮大工という立場を保っていたが、家に帰るとオヤジを完全に無視するようになった。
 会話がなくなっただけでなく、食卓を一緒に囲むこともなくなった。
 オフクロが取りなそうとしたが、妹はそれをはねつけた。
 それほどオヤジのことを嫌っていた。
 それは初めての反抗期のように思えた。
 一から十までオヤジの存在が嫌になったのは間違いなかった。
 
 妹とオヤジの間には暗くて深い川が横たわり、その川幅は毎日確実に広がっていた。
 1か月、2か月、3か月……、
 半年経っても、その暗くて深い川幅が狭まることはなかった。