そんなある日、何気なくテレビを見ていると、『匠の技』というドキュメンタリー番組が始まった。
 宮大工の棟梁に1か月間密着して、その仕事振りを紹介する内容だった。
 興味はなかったが、他に面白い番組もないのでポテチをつまみながら見るとはなしに見ていると、次第にその技に魅せられていった。
 釘や金物を使わない木組みの技、中でも、木材の長さを継ぎ足す継手(つぎて)の技や角度のある二つの木材を接合する仕口(しぐち)の技には心を奪われた。
 古から伝わる伝統の技の凄さに度肝を抜かれたのだ。
 
 番組が終わった瞬間、彼女はスマホを手に取り、検索画面に〈宮大工〉〈女〉という二つのキーワードを打ち込んだ。
 すると『千年日記』のホームページが一番上に表示された。
 思わず「これだ!」と声を出していた。
 運命の仕事に出会ったことを確信したのだ。
 
「私は小柄で力もありません。ですから、一人で大きな木を担ぎ上げることはできません。でも、ホームページを見て、居ても立ってもいられなくなりました」

 紅潮した顔で彼女は続けた。

「木の声を聴きながら、木の心を感じながら、木と話をしながら、木の気持ちに沿って木組みがしたいのです。そして、古の大工さんと話をしたいのです」

 彼女は必死な形相で妹に訴え続けた。
 それは鬼気迫ると言っていいほどで、間違いなく妹の心を動かしているようだった。
 対してオヤジは腕組みをしたまま黙って聞いているだけで表情にはなんの変化も見られなかったが、彼女の話が終わった瞬間、「覚悟はあるのか」と低く太い声を発し、更に、「生半可な気持ちじゃ宮大工にはなれない。憧れだけでなれるほど簡単じゃない。技を習得するための厳しい修業が待っている。それに耐えられるか? 泣き言を言わないか? 逃げ出したりしないか?」と威圧するような声で迫った。
 しかし彼女は視線を逸らさなかった。
「何度も自問自答を繰り返しました。自分の気持ちが本物かどうか、何度も確かめました。そして、」と足を一歩前に踏み出し、「退路を断ってきました。会社を辞めてきたのです」と語気を強めた。
 その瞬間、空気がピーンと張り詰めたように感じた。
 時間が止まったようにも感じた。
 妹は彼女の覚悟に心が揺さぶられたようで、受け入れる気持ちを固めたかのようにオヤジを見た。
 しかし、オヤジは腕組みをしたまま目を閉じていた。
 何も言わず、微動だにせず、凍ったような沈黙の時間が過ぎていった。