「あら、いらっしゃい」

 電話もせずに行ったせいかオフクロが驚きの表情を浮かべたが、匠を見た瞬間、満面笑みになって奪うように抱きかかえた。
 そしてさっさと奥へ連れて行くと、「お~」というオヤジの声が聞こえてきた。
 目を細めて匠に腕を伸ばしている姿が容易に想像できた。
 
 居間に行ってみると案の定だった。
 目尻を下げたオヤジが匠を膝に抱いていた。
 しかし、わたしの姿を見た途端、「んん」と喉を鳴らして顔を引き締めた。
 
 それからしばらく手土産の和菓子とお茶で時間を潰したが、言い出す切っ掛けがなかなかつかめなかった。
 妻は賛成してくれたが、オヤジとオフクロが同じ反応をしてくれるとは限らないからだ。
 というよりも、匠を路頭に迷わすかもしれない決断に反対される可能性は低くないと思っていた。
 だから、妻から何度も目で促されたが、その度に微かに首を振って、まだだ、という意思を示した。
 
 そのうち、はしゃいでいた匠の目がトロンとなったと思ったら、すぐに寝てしまった。
 するとそれまで賑やかだった居間は一気に静寂に包まれ、手持ち無沙汰になったオヤジとオフクロが同時に茶碗に手を伸ばした。
 それを見て、今だと思った。