「君と出会ってわたしは救われた。こんなわたしを心から愛してくれる女性に出会えるなんて信じられなかった。その上、とても可愛い子供が生まれた。子供の顔を見た瞬間、わたしの中に、なんと言うか、才高家に脈々と流れる血筋というすべてを超越した何かを強く感じた。だから自然と匠という名前が浮かんできた」

 妻の左手に左手を重ねた。

「妹がわたしに協力を依頼してきた時、あいつは『お兄ちゃんにしかできない』と言ってくれた。嬉しかった。わたしが才高家のためにできる役割があったことが、とても嬉しかった」

 両手で妻の左手を包み込んだ。

「日本には素晴らしい技を持った職人がいっぱいいる。日本の宝、日本の誇りと呼べる人がいっぱいいる。しかし、宮大工のように後継者が減り続けるとその伝統の技が維持できなくなってしまう。そんなことをこのまま放置しておくわけにはいかない。このまま廃れさせてはいけない。日本の宝である伝統の技を守らなければならない。そのためには誰かが宮大工の技と想いを後世に伝えなければならない。そして、守り抜かなければならない。誰かが」

 妻の左手を両手で強く握った。

「わたしがその役を担いたい。伝統の技と職人の想いを伝える役を担いたい。わたしは『想いを伝える人=伝想家』になりたい」

 妻が何も言わず強い視線でわたしを見つめる中、わたしは妻の左手から両手を離して深く息を吸い、吐いた。
 心を落ち着かせるためだ。
 他に伝えなければならないことがあるのだ。
 熱い想いだけで物事を前に進めることは出来ない。
 現実的な問題をクリアしなければならないのだ。