「決めたよ」

「決めたって、何を?」

 妻は不思議そうな顔をしていた。

「伝想家」

「えっ? で・ん・そ・う・か?」

「そう、想いを伝える人」

 テーブルを挟んで向き合った妻を真っすぐに見つめた。

「君も知っている通り、わたしは代々続く宮大工、才高家の跡継ぎとして生まれた。当然のように第23代当主になることを期待されていた。いや、決まっていた。しかし、右脳優位で手先の不器用なわたしは、オヤジのような立派な宮大工、そして、棟梁にはなれないと、違う道へ進む選択をした。その選択になんの迷いもなかった。それでも心のどこかで何かが引っ掛かっていた。抜けない棘のようなものがチクチクと鈍い痛みを与え続けた。わたしはオヤジの期待を、いや、500年続く才高家そのものを裏切ってしまったんだ」

 当時のことを思い出すと心が痛くなってきたが、耐えて言葉を絞り出した。

「妹が跡を継ぐと言って宮大工の修行を始めてからもその痛みは消えなかった。いや、それどころか痛みは増すばかりだった。自分だけ大学へ行って、自分だけ好きなことをして、小説家気取りで浮かれているわたしを見てオヤジはどう思っていたのか」

 当時のバカさ加減が脳裏に浮かび、思わず唇を噛んだ。
 すると妻の左手がわたしの右手を優しく覆った。
 その温かさが口を開かせた。