しばらくして、鐘が鳴った。
 西円堂(さいえんどう)の時の鐘だろうか? 
 腕時計の針は16時を指していた。
 
 あと1時間……、
 
 深呼吸をして心を落ち着けた。
 心が無になるように邪念を払いのけた。
 そして待った。
 待ち続けた。
 しかし、何も起こらなかった。
 なんの啓示も得られなかった。
 後ろ髪を引かれたが、退出時間が迫る中、これ以上とどまることはできなかった。
 早足に南大門の所まで戻るしかなかった。
 
 門の手前で振り返って聖霊院に向かってお辞儀をし、顔を上げて心を込めて「ありがとうございました」と礼を述べた。
 そして、もう一度頭を下げてから背を向けた。
 
 駅へ向かって歩いていると、どこかで鐘が鳴った。
 すると声が聞こえたような気がした。
 
 柿でも食って行きなさい、
 
 (ひげ)を生やした正岡子規の横顔が目に浮かんだ。