椅子を勧められたので腰をかけると、妹はベッドに浅く座った。
 その後ろの壁には大きなポスターが貼られていた。
 伝説の宮大工、西岡常一(にしおかつねかず)棟梁の全身写真だった。
 27歳の若さで棟梁として法隆寺大修理を行い、その後も薬師寺金堂や西塔(さいとう)を再建した比類なき宮大工だった。
 わたしはポスターに向かって軽く(こうべ)を垂れてから妹に向き合った。
 
「毎日これを見てるのか?」

 妹は大きく頷いた。

「お父さんがくれたの。やるからには西岡さんのレベルを目指せって」

「ふ~ん」

「もちろん今は足元にも及ばないし、一生かかっても追いつけないかもしれないけど、でも一歩でも二歩でも近づきたいなって思ってる」

 妹は体と首を捻ってポスターに目を向けた。

「鬼と呼ばれて恐れられていたらしいけど、薬師寺西塔を再建する時には癌と闘っていたと聞いて納得したの。仕事に向き合う時にはそれほどの強い気持ちが必要なんだなって」

 わたしの方に戻した妹の顔には厳しいまでの表情が浮かんでいた。
 その気迫に押された。
 かわいい妹の姿はそこにはなかった。
 一流の宮大工を目指す職人そのものだった。
 覚悟ができていると強く感じたので思わず奥歯を噛みしめたが、その時オフクロの声が聞こえた。