「ほら、寝た」

 ねっ、というような視線をわたしに向けた。

「なんか急に重くなったような気がするよ」

 背中に回した両手にずっしりと匠の体重がかかっているように感じた。

「安心しているから力が抜けているのよ」

「安心か……」

「うん。世界で一番安心できる背中だからね」

 なるほど、と思っていると、妻がわたしの前に廻って後ろ歩きを始めた。

「親だからこそ味わえる幸せかもしれないわね」

 ニッコリ笑ったあと振り向いて、わたしの横に移動した。

「そうだね。確かにね」

 匠をちょっと上に持ち上げると、寝言のような声が聞こえた。

「かわいいね」

「うん、世界一かわいい」

「あのね」

「ん?」

「なんか無理して立派な親になろうとしてたけど、ありのままでいいのかもしれないなって、そんな気がしてきた」

「うん、そうだと思う。傍にいてあげるだけで十分なのだと思うわ。この子にとって世界一のパパなんだから」

 それを聞いてぐっときた。
 じわ~っと目頭が熱くなってきたのでみっともないものが目から零れ落ちないように空を見上げると、星の瞬きがぼやけて見えた。
 
「どうしたの?」

「ううん。なんでもない」

 辛うじて涙声にはならなかったし、涙も零れなかった。

「変な人」

 妻が肩をわたしの腕に当てた。

「ありがとう」

 前を向いたまま言った。

「何が?」

 妻の視線を感じた。

「とにかく、ありがとう」

 また前を向いたまま言った。