杏仁豆腐を食べ終わった妻が大満足の顔をこちらに向けたので、支払いを済ませて店を出た。
 ふと見上げると、月が出ていた。
 ほぼ満月のようで、餅をつくウサギのような姿が見えた。
 
「あれも親子かしら」

 匠を抱っこしている妻が月を見上げていたが、確かに大きなウサギと小さなウサギのようにも見えた。

「そうだね。もしかしたら修行中かもしれないね」

 さっき厨房で見た親子の姿が目に浮かんだ。
 するとそれがオヤジと自分の姿に変わり、厳しく指導された日々が蘇ってきた。
 
 我慢していればさっきの親子のようになっていたかもしれなかったのに……、
 
 胃液が逆流してきたような思いに囚われたが、そんなことを今更考えても仕方がなかった。
 もう終わったことなのだ。
 過去には戻れない。
 もう一度やり直すことはできないのだ。
 そう言い聞かせて月から目を離すと、妻と目が合った。
 
「代わってくれる?」

 匠を抱く手が痛くなってきたとほんの少し顔をしかめた。

「おんぶするよ」

 わたしが背中を向けると、匠が覆いかぶさってきた。
 すると、ほっぺたをぺたんと背中に付けたように感じた。
 
「すぐに寝ると思うわよ」

 妻が匠の背中をさすっているようだった。