古の建物を維持保存するためには当時の建物のことがわかる大工がいなければならないが、その数がこのまま減っていけば修理が必要になってもできない事態に陥りかねない。そうなれば国宝や重要文化財の保全は極めて難しくなる。そんな事態にしてはいけない。だから棟梁や経験豊富な宮大工たちが健在なうちにその心と技術を次の世代に伝えなければならない。妹はそう力説した。
 
 そこまで聞いて、妹の言っていることが理解できたし、もっともだと思った。
 異論は何もなかった。
 それどころか代々続く宮大工の家に生まれたわたしこそがやらなければいけない義務のように感じた。
 しかし事はそう簡単ではなかった。
 会社勤めをしながら片手間で出来るものではないので、やるなら専業でということになる。
 それは会社を辞めて独立することを意味している。
 安定した給与を捨てて不安定な収入に移行するということだった。
 しかしそれは余りにも無謀な選択としか思えなかった。
 子供ができ、これから生活を安定させなければいけないわたしにとって簡単にイエスと言えるようなものではなかった。
 
 もちろん本音は違っていた。
 妹の想いを、いや、才高家の想いを、いや、古から綿々と受け継がれてきた宮大工の想いを次世代に伝える手助けがしたかった。
 才高家の跡継ぎを拒否したとはいえ、500年を超えて続く血がこの体に流れているのは事実以外の何物でもなかった。
 その血が妹の申し出を断るなと命令していた。
 しかし、生活の保障がないまま踏ん切るわけにはいかなかった。
 妻や子供に対する責任を放棄するわけにはいかないのだ。
 わたしは口を(つぐ)んだまま思案に暮れた。
 
 妹と別れたあとも葛藤が続いたが、踏ん切りをつけることはできなかった。
 だからその後も説得を続ける妹に対して曖昧な態度を取り続けた。
 答えを出さないまま、ただ時が過ぎていくのに身を任せていた。