放課後。

 部活にも何も入っていない私にとって、放課後はとっても暇な時間だった。

 校内の外、花壇が並んでいるところを歩いていると、枯れかけている花を見つけた。

「かわいそうに……」

 暑さで干からびているようにも思える花。

 せっかく綺麗に咲くことができるのに、咲けないのはかわいそうだと思った。

「ジョウロないかな」

 辺りを見回してジョウロを探す。

 すると、校舎に立てかけるようにポツリと青いジョウロが置いてあった。

「使ってもいいよね」

 そう言って私はジョウロに手を伸ばし、水道がある場所を探した。

「確かこっちにあったよね」

 少し歩くと、水場があり、そこでジョウロに水を汲んで、先ほどの花壇へ向かった。

 花壇に着くと、私は鼻歌を歌いながら花に水をかけた。

「元気に育ってね〜」

 植物係というわけでもないけど、こういうのは放って置けない。

 すると――

「元気になるといいね」

 そう声がして、振り向くとそこには宮本周人(みやもとしゅうと)くんがいた。

「あ、周人くん」

「森下さん、お花好きなの?」

 そう言って周人くんはしゃがみ込み、花と同じ目線に座った。

「うん。やっぱりお花って綺麗だし可愛いし、小さい頃はお花屋さんになりたいなぁとか思ってたんだ」

「ふふっ、いいね。お花屋さん。森下さんに似合いそう」

「えへへ、そうかなぁ」

 そうやって微笑む周人くん。

 ふわふわした茶色の髪を日光でさらに色素を薄くさせている。

 くりくりした大きな目はなんとも羨ましい。

「席、近くなったね」

「うん。愛美ちゃんとも近くなれて嬉しい」

「森下さんの隣、神崎くんだね」

「そ、そうだね」

「僕、森下さんの隣が良かった」

「…………え?」

 私は水をかける手を止めた。

 周人くんがなんて言ったか、理解ができなかった。

「変なこと言ってごめんね。でも、僕の本音だから」

「えっと、えっと……」

 私の頭に浮かんでいるのは、愛美ちゃんの顔だった。

 こんな会話を愛美ちゃんに聞かれたら、とか。愛美ちゃんがいるのに、とか。

 そういうことが巡って、困惑が隠しきれなかった。

 そもそも、私は周人くんとそんなにお話ししたことがない。

 愛美ちゃんはよく話しかけているけど、私は近くにいるだけで会話はしない。

「やっぱり、森下さんも神崎くんが好き?」

「へ? いや、違う……!」

「そっか、それなら良かった」

 安心したような表情を見せる周人くん。

 でも私の心は安心なんかできなかった。

「森下さんって、マスク外さないよね」

「あ、……うん。外せないんだ、変だよね」

「変じゃないよ。僕は別にマスクが外せる外せないとか気にしてない。外見だってなんでもいいし」

 私はキョトンとした。

 そんな風に思っている人がいたんだなんて、思わなかったからだ。

「でも、私は……」

「こうやって枯れそうな花に水をあげられる人って、なかなかいないよ。この花が枯れそうなのは、みんなが見て見ぬふりをしているから。そうでしょ?」

 そう言って周人くんは立ち上がった。

 そしてこちらを向き、言葉を続ける。

「僕は、そうやって小さな花でも見捨てないような人が好きなんだ」

 まっすぐな視線。

 歪むことのない芯のある視線が、私と交わった。

「…………今、好きって」

「あははっ。僕は嘘つけないんだ」

 とくりと心臓が動いた。

 私、周人くんにこんな気持ち持っちゃいけないのに……。

 周人くんだけには、ダメなのに……。

「…………私は」

「言わないで。きっとすぐには無理だってわかってる。だけどいつか、いつかきっと森下さんを振り向かせてみせるから。じゃあ」

「あ、ちょっと……!」

 周人くんは、「じゃあ」と言ってその場を去っていった。

 私はジョウロを片手に持ち中がら、呆然と立ち尽くした。

 愛美ちゃんに言えない秘密ができちゃった……。

 絶対にばれちゃいけない。そして、絶対に周人くんに惚れちゃいけない。

 私は、花壇に咲いた花を見るように俯いた。