【新たな出会い】
高校2年生初日。
クラス替えがどうなっているかドキドキしながら学校へ向かった。
1年生の時は外部生と内部生でクラス分けされていたけど、2年からは外部生、内部生混合になる。
それに、2年生からは受験を意識したコース別クラス編成になって、文系·理系·総合クラスに分かれる。
わたしは文系コースを選んでいた。
学校に着いてクラス分けのプリントをもらって自分の名前を探すと、わたしはA組だった。
ざっと同じクラスの子の名前を確認すると…運悪く、今年も佐倉さんと同じクラスだった。
真野さんが退学したから、あとは佐倉さんとさえ同じクラスにならなければ…と思っていたのに、神様は意地悪だ。
いや、緑野女子は仏教校だから、「仏様は意地悪だ」が正しいのかな?
って、別にどっちでもいいんだけど。
教室の中に入って、自分の席に着く。
クラス名簿を見ながら、教室を見回してみる。
仲良くなれそうな子、いるかな…。
6月には、高校生活の一大イベント、修学旅行がある。
早く友達ができないと、グループ決めの時にひとりになる。
去年の二の舞になるのはもうイヤだ。
しばらく教室の様子を見ていて、あるひとりの子に目がいった。
名前は伊東春花さん。
長めの黒髪をポニーテールにしてる。
大人しそうで、真面目そうな感じ。
文学小説とか読んでそうで、頭も良さそう。
第一印象は、そんなイメージ。
このクラスの中では、一番雰囲気的に話しかけやすそう。
何かきっかけがあったら話したいな。
「はい、席に着いてください」
少しして、担任の岡崎先生が教室に入ってきた。
最初に見てビックリしたのは、男性なのにすごく小柄なこと。
わたしより少し高いくらいの身長。
小柄ゆえに、気さくで話しやすそうな雰囲気の先生。
一部の子はすでに岡崎先生を知っていたようで、岡ちゃんなんて呼んでいる。
先生の話とお決まりの自己紹介が終わった後、クラスの係決めが行われた。
どれにしようかな。
黒板に書かれた係の一覧を見ながら考える。
去年と同じで鍵係がいいかな。
鍵係とは、教室を移動する授業の時に、教室のドアの鍵を開け閉めする係。
去年もやっていて、そんなに面倒じゃない係だと知っていた。
先生の指名で書記係になっていた伊東さんに「わたし、鍵係で」と言って、名前を書いてもらった。
伊東さんも同じ係だったらいいな。
そう思っていたら、ラッキーなことに、伊東さんが鍵係のところに名前を書いた。
仲良くなれるチャンスかも!
そう思ったわたしは、係決めが終わった後の休み時間、勇気を出して伊東さんの席へ行った。
「伊東さん、わたしと同じ係だよね、よろしくね」
1年生の時のことがあって、もしかしたらわたしの笑顔はぎこちなかったかもしれない。
でも、伊東さんは笑顔で、「うん、よろしくね」と言ってくれた。
これが、のちに長いつきあいになる春花ちゃんとの出会いだった。
* * *
翌日から伊東さんは休み時間にわたしの席に来てくれるようになって、お互い「春花ちゃん」「萌ちゃん」と呼びあうようになった。
そして、お昼休みも一緒にお弁当を食べるようになった。
数日後のお昼休み。
「他の友達も一緒に食べていい? 食堂で待ち合わせしてるんだ」
「あ、そうなんだ。うん、大丈夫だよ」
いっちゃんは中学から持ち上がりの内部生で、中学時代からの友達がいるという。
気の合う子たちだといいなと少し不安に思っていると、
「みんないい子たちだから大丈夫だよ」
春花ちゃんがそう言ってくれて、安心した。
食堂に行くと、出入り口に近い席にいた3人の子たちがいっちゃんに気づいて手招きした。
「お邪魔シマス…」
ちょっと緊張気味に挨拶して席に座る。
「萌ちゃん、紹介するね。西本夏希ちゃん、 南川秋穂ちゃん、北村雪ちゃん」
春花ちゃんが3人の名前を教えてくれた。
「初めまして、高村 萌です」
まだ緊張の残る笑顔で、わたしは自己紹介をした。
「萌ちゃんかぁ~可愛い名前。よろしくね」
北村さんが人懐っこい笑顔で言ってくれた。
春花ちゃんが言っていた通り、3人とも気さくで話しやすくて、わたしたちはすぐに意気投合した。
それから、休み時間に話したりお昼休みは毎日5人で食堂に行って食べるようになった。
お互いの連絡先も交換した。
夏希ちゃんは理系クラスで、イマドキのオシャレな女子高生っていう感じ。
ギャル系ではないけど、背が高くて大人っぽい。
秋穂ちゃんはロングヘアの女の子っぽい感じの子。癒し系でお嬢様っぽい雰囲気。
雪ちゃんも秋穂ちゃんと同じクラスで、ちょっとぽっちゃり体型の人懐っこい子。
特に秋穂ちゃんと雪ちゃんは隣のクラスということもあって、休み時間もよく話すようになった。
そして、春花ちゃんとは話せば話すほどお互い好みが合うことがわかった。
そんな感じで、わたしの高校2年生の始まり
は、新しい友達ができて順調。
でも…やっぱり1年生の時のことを思い出すと、怖い。
今は仲良くしてくれていても、またひとりだけ外されたらどうしよう…。
そんな不安は、いつも消えなくて。
一緒にいるときは、今まで以上に言葉の使い方や言い回しに気を遣っていた。
1年生の時、クラスの子達に言われたこと。
“何気ない一言が人を傷つける”―。
もう去年のような失敗はしたくない。
今度こそは、せっかく仲良くなれた友達に嫌われたくない。
決めたんだ、わたしは今度こそ新しいわたしになるって。
今度こそ変わるんだ、って―。
【夢のはじまり】
春花ちゃんと仲良くなってから数週間が過ぎたある日の休み時間。
「イラスト描いたの持って来たんだけど…」
ちょっと恥ずかしそうにしながら、春花ちゃんがわたしの席に来て小さな紙を差し出した。
イラストを描くのが趣味だと聞いて、今度見せて欲しいとお願いしていたから持ってきてくれたんだ。
もらったイラストを見た瞬間、
「うわ、可愛い!」
思わずそう口にしてしまった。
小さな白い紙に描かれていたのは、ふたつ結びの女の子がテディベアを抱っこしている少女マンガ風のイラスト。
一目見て、わたし好みの絵だと思った。
今まで周りに絵を描くのが好きな子はいたし、わたしも小学生の頃はマンガクラブに入って絵を描いていた。
だけど、わたしは絵を描くのが苦手だったし、周りの子が描く絵も、個人的に好みではないものだった。
でも、春花ちゃんにならお願いできるかもしれない。
そう思ったわたしは、思い切って打ち明けた。
「実はわたし、小説書いてるんだけど。今度、イラスト描いてくれないかな?」
わたしがそう言うと、
「そうなの?もちろんいいよ!」
春花ちゃんは快諾してくれた。
それから、中学時代に初めて書いた作品を読んでもらった。
最初は恥ずかしかったけど、
「萌ちゃん、小説すごく感動したよ!秋穂ちゃん達にも読んでもらいなよ!」
興奮気味にそう言ってくれて、とても嬉しかった。
しばらくして、春花ちゃんから「描けたよ」とイラストをもらった。
それは予想通りとても可愛くて、小学生の時から少女小説が大好きだったわたしは、まさに少女小説の挿絵のようなイラストにとても感動した。
「すごい、可愛い!ホントにありがとう!」
「どういたしまして」
「今また小説書いてるんだけど、そのイラストもお願いしていい?」
「もちろんいいよ!小説楽しみにしてるね!」
それからわたしは、自分の作品を春花ちゃん達に読んでもらうようになった。
たった数人でも、自分の作品を読んでくれる人がいる、それだけでとても励みになった。
そして、漠然としていた夢が少しずつはっきりと見えてきた。
小さな頃から特技になるような習い事をしたことがなく、部活に夢中にもならなかったわたしが唯一得意なこと。
それは、文章を書くことと、自分で物語を考えること。
春花ちゃん達に「感動した」と言ってもらえて、すごく嬉しかったから。
いつか自分の作品をもっとたくさんの人に読んでもらいたい。
誰かに感動してもらえるような小説を書きたい。
それが、わたしの夢の始まりだった。
【お泊まり女子会】
春花ちゃん達とは日を追うごとに仲良くなって、独りでお弁当を食べていたのが信じられないくらい昼休みは毎日5人でワイワイ楽しく過ごしている。
新しい友達が出来たことをお祖母ちゃんに話すと、「今度うちに遊びに来てもらったら?」と言ってくれた。
お祖母ちゃんもわたしに友達が出来て楽しく過ごしているのが嬉しいみたいだ。
「じゃあ、4人いるんだけど今度泊まりで来てもらってもいい?」
わたしが訊くと、
「あら、賑やかでいいわね」
と言って快諾してくれた。
みんなにその話をしたら、喜んでくれて「楽しみ!」と言ってくれた。
そして中間テスト最終日の土曜の夕方から、1泊でお泊まり女子会をすることが決まった。
当日テストが終わると駅で待ち合わせて、わたしの地元へ向かった。
自宅までは学校最寄り駅から1時間弱。
電車の中ではすっかり遠足気分でワイワイ盛り上がった。
地元の駅に着いてわたしの家まで歩いていると、
「すごい、緑がいっぱい」
「避暑地みたい」
「空気がおいしい」
みんな感動してくれている。
わたしにとっては当たり前の場所で、何もない田舎だと思ってるけど。
都会に住んでいるみんなにとっては、新鮮なのかな。
何もない所だけど、自然がいっぱいで癒されるところは、自慢かもしれない。
家に着くと、お祖母ちゃんが笑顔でみんなを迎えてくれた。
雪ちゃんが、手土産に有名なシュークリーム屋さんのシュークリームを持ってきてくれて、みんなでお喋りタイム。
いつも昼休みに食堂で話している雰囲気と全く同じ感じ。
そのあとはわたしの部屋に集まって漫画を読んだり話したりしているうちにあっというまに夕飯の時間。
お祖母ちゃんが張り切って作ってくれた得意料理。
みんな「美味しい」と大感激してくれた。
祖母の料理上手は、わたしの自慢。
ごはんのあとは、ジャンケンで順番を決めてお風呂タイム。
お風呂タイムが終わると、今度はパジャマパーティー。
夜になると、お決まりの?告白タイム!…と言っても残念ながら女子校育ちのみんなにまだ恋の話題はなく。
お互いの家庭事情や友達事情の話になった。
最初に話したのはわたし。
父親がいないこと。母親の仕事のこと。そして、去年のこと。
春花ちゃんは、去年クラスに馴染めず、わたしと同じようにひとりで辛かったことを話してくれた。
雪ちゃんは、生まれつき発作が起きる持病があり、薬を飲まないと発作を起こしてしまうことや、中学時代から病気が主な原因でいじめにあっていたことを話してくれた。
夏希ちゃんは、わたしと同じように両親が離婚し、父親がいなくて祖父母と暮らしていること、そしてお母さんが亡くなってしまったことを話してくれた。
秋穂ちゃんは、家が古本屋さんの仕事をしていることを話してくれた。
みんなの話を聞いて、わたしは初めて人それぞれの人生があることを実感した。
自分が今までいかに狭い世界しか知らなかったかを思い知った。
辛い思いをしているのはわたしだけじゃない。
みんな、それぞれの痛みや傷を抱えて生きているんだ。
わたしはまだそんなことさえ知らない子供だった。
こうして誰かと出会って話を聞くことは、とても大事なことなんだ。
お互いちょっとシリアスな話をしたあとは、それぞれ持ち寄った映画を見たり、人生ゲームで盛り上がったりして、夜中まではしゃいだ。
まるで、修学旅行の夜みたいな雰囲気。
翌日も、みんなでワイワイはしゃぎながらご飯を食べた。
記念にわたしの家の庭で写真を撮って、午後にはカラオケに行って盛り上がった。
そして、あっという間に夕方。
せっかくだからと5人での初プリクラを撮って、別れた。
友達とこんなに長い時間一緒に過ごして笑ったのはいつぶりだろう。
一緒にいて話がつきなくて、みんなちゃんと私の話も聞いてくれて。
本当に楽しい時間を過ごせた。
きっと、このメンバーでならこれからも楽しくやっていける―。
そう思える2日間だった。
【友達と修学旅行】
あっという間に、高校2年生のメイン・イベント、修学旅行の日がやって来た。
行先は北海道で、4泊5日。
春花ちゃんとすっかり仲良くなったわたしは、グループも部屋割もすべて春花ちゃんと一緒。
去年の林間学校のように、部屋割やグループ決めで独りになることはなかった。
ただ、問題がひとつ。
最終日前夜だけ、部屋割が佐倉さんとその友達2人と同じになってしまったんだ。
ゴールデンウィーク前のある日、昼休みに部屋割を決めていることに気づかず、勝手に決められてしまった。
ちょっと不安を抱えながら、家を出た。
都内の駅で春花ちゃんと待ち合わせて空港へ向かう。
こうして一緒に行ける友達が出来て、本当に良かった。
空港に着いてから出発までの間は、みんな友達同士で雑談したり写真を撮ったり、自由に過ごしていた。
わたしも、いつものメンバーで記念撮影をしたり、雑談して過ごした。
そしていよいよ搭乗時間になり、飛行機の中へ。
飛行機の座席も春花ちゃんと隣同士。
ひとりじゃないっていうことはホントに心強い。
出発時刻になり、いざ北海道へ。
わたしは、北海道に行くのは今回が初めてじゃない。
お祖母ちゃんが北海道生まれだったこともあり、過去2回北海道に行ったことがあった。
小さかったから、あまり記憶にはないけど。
「なんで函館スルーなんだろう……」
でも、見事なまでに、わたしが一番行きたかった函館がスルーされていた。
小さい頃に家族旅行で行ったことはあるけど、断片的にしか覚えてない。
いつかお金貯めて友達と行こう、そう心に決めた。
約1時間半の空の旅。
無事に千歳空港に到着して、わたし達のクラスは、小樽へ向かった。
小樽運河で記念撮影したあとは、班ごとの自由行動。
定番のガラス工芸館とオルゴール館を見て回った。
夜は札幌のホテルに宿泊したけれど、とても綺麗なホテルだった。
特にイヤな雰囲気になることもなく、初日を終えた。
2日目はレクリエーションがメイン。
わたし達は事前に決めていたダンスに参加した。
でも早々に終わってしまって、部屋にテレビもなく、時間が経つのがとても遅く感じた。
一番退屈な時間で、ちょっとホームシックになってしまった。
3日目には、足寄で逆コースのクラスと合流。
里桜ちゃん、雪ちゃん、すみれちゃんの3人はわたしといっちゃんのクラスとは逆コースだった。
だからこの日に合流できるのを楽しみにしていたんだ。
5人で記念の写真撮影をして、束の間の5人集合を楽しんだあとは、またそれぞれのコースへ。
その日の夜は、クラスの中でも席が近くてよく話すようになった子達とみんなで心理テストをしたりして盛り上がった。
4日目は、牧場見学からスタート。
牛の乳搾り体験や、バター作りを体験。
自分で作ったバターをクラッカーにのせて食べたら、とても美味しくて感動した。
どこまでも広がる大地と緑がいつもと違う景色で新鮮だった。
“霧の摩周湖”で有名なほど晴れる確率は低い摩周湖観光は綺麗な快晴だった。
そして、夜はついに一番不安だった黒沢さん達と同じ部屋。
嫌でも、去年の林間学校のことを思い出してしまう。
またわたしの悪口を言われたらどうしよう。
早々に布団に入って寝ようとしたけど、気になってなかなか寝つけなかった。
結局、悪口を聞くことはなかったけど、熟睡できないまま最終日を迎えた。
全日程が無事に終了して、空港に向かうバスの中は旅疲れと前日の寝不足でグッタリだったけど。
「春花ちゃん、ずっと同じ班になってくれてありがとね。楽しい旅行になって良かったよ」
「こちらこそ、萌ちゃんのおかげで楽しかったよ」
その一言がとても嬉しかった。
この時からきっと、わたしと春花ちゃんはお互いを大切な友達だと思い始めていた。
去年の林間学校と違うこと。
友達がいること。ひとりじゃないこと。
それだけで、気持はこんなにも晴れやかで穏やかで、周りの景色が明るく見える。
世界が180度変わる。
東京に着くと、梅雨らしい曇り空だった。
でも、家に帰ってきたら今まで見たことがないキレイな2重の虹が見えた。
雨上がりの綺麗な虹。
暗く冷たい雨のあとに待っている、綺麗な景色。
それはまるで「苦しいことのあとには幸せが待っているんだよ」という、神様からのメッセージのようだった。
そう、暗く冷たい雨のような日々はもう終わり。
わたしには、この日見た虹のように、色鮮やかな毎日が待っていたんだ。
【充実した夏休み】
修学旅行から帰ってくると、すぐに期末テストがやってきた。
そして、期末テストが終わって試験明け休み。
去年はグループの子達に外され始めて辛かった時期。
だけど、春花ちゃん達とはお泊まり会や修学旅行を機に更に仲良くなって、5人で一緒に映画を観たり、夏休みの終わりにはディズニーシーに行くことも決まっていた。
わたしは、8月の終わりにまたGLAYのライブに行けることも決まっていた。
去年とはうってかわって、楽しみが目白押しの夏休み。
毎日何の不安もなくて、精神的にとても安定した状態。
お祖母ちゃんと買い物に行ったり、ゲームをしたり、大好きな音楽を聴いたり本を読んだりしてのんびり毎日を過ごしていた。
* * *
8月下旬のライブ当日。
今回はファンクラブ限定ということで、みんな1人参加のライブ。
1人参加は既に経験済みだったから、不安はなかった。
立ち見席だから、場内に入ったらすぐに自分の席を確保しなきゃいけない。
どの辺がいいかな…とひとりで歩きながら場所を探していたら、偶然通りかかった女性と目が合った。
「こんにちは」
思い切って挨拶すると、
「こんにちは」
その女性も、優しそうな笑顔で返してくれた。
年齢は、わたしより2、3歳上くらいかな?
ほんわかした雰囲気で、話しやすそう。
一目見て直感で「仲良くなれそう」と思ったわたしは、
「おひとりですか?」
勇気を出して話しかけてみた。
「はい」
「じゃあ、良かったら一緒に観ませんか?」
「ぜひ!」
そしてわたしたちは、一緒にライブを観ることになった。
お互い立見席だから、隣同士の場所を確保すれば一緒に観ることができる。
ライブが始まるまでの間、メンバーの中では誰のファンか、どの曲が好きかなどの話で盛り上がった。
初対面にも関わらず話が盛り上がるのは、同じバンドのファンだからこそだと思う。
前々から、“ライブ会場で知り合った人と友達になった”という話に憧れていたわたしは、すごく嬉しかった。
ライブ中もお互い思い切り楽しんで、ライブが終わった後も一緒に帰った。
帰りの電車の中では、ライブの興奮が冷めやらず、終わったばかりのライブの感想をお互い熱く語り合った。
すっかり意気投合したわたしたちは、別れ際に連絡先を交換した。
彼女の名前は、蒼山沙織さん。
年齢はなんとわたしより8歳上で、すでに社会人として働いているという。
初対面の人とこんなに急速に親しくなったのは、初めてだった。
去年は、あんなに人と接することや人が怖いと思っていたのに。
こんな風に、自分から話しかけたことがきっかけで、仲良くなれるなんて…。
思いがけない新しい出会いに感動して、胸の奥が温かくなった。
蒼山さんと別れて電車を乗り換えると、隣の席の人もわたしと同じライブに行った人だったらしく、「ライブの帰りですよね? 実は行きも同じ電車だったんですよ」と話しかけてくれた。
それから、駅に着くまでお互い今日のライブの話で盛り上がった。
残念ながら名前も聞かず、連絡先交換もしなかったけど。
「またどこかでお会いできたらいいですね」
という言葉で別れた。
みんなひとりでの参加だったから、話しかけやすかったというのもあるだろうけど。
こんなに初対面の人とたくさん話せたライブは初めてだった。
きっと、これは去年頑張ったご褒美なんだ。
そう思える、とても素敵な1日だった。
* * *
まだライブの余韻が残る、9月の初めのある日。
わたしはまだ夜が明けきらない時間に起きて、眠い目をこすりながら出かける支度をした。
行先はディズニーシー。
春花ちゃん達とみんなで約束をしていた日だ。
友達と行くのは初めてだったから嬉しくて、まるで遠足前日の小さい子みたいに何度も目が覚めてしまった。
残念ながら、台風が接近していて天気はとても悪かった。
もともと晴れ女のわたしも、この日は雨の力に勝てなかったみたいだ。
だけど、みんなで傘をさしながら園内を歩いてアトラクションに乗って、雨にも負けず風にも負けずワイワイはしゃいで思い切り遊んだ。
お店に入ってお土産を見たり、夜には学校のお昼休みと同じように5人でご飯を食べてガールズトークしたり、1日中めいっぱい遊んで楽しんだ。
帰りの電車の中、心地よい疲労感を味わいながらこの夏休みを振り返った。
楽しいことばかりだった夏休み。
去年の夏休みは、1日1日過ぎていくのが怖かった。
2学期が始まることがたまらなく憂鬱だった。
でも、今年はそれほど憂鬱な気持ちはない。
苦手な授業を受けなくちゃいけないとか、文化祭や体育祭の準備で忙しくなるのが面倒だとか、その程度のことで。
こんなに充実した気持ちで過ごせた長期休みは、高校生になってから初めてだった―。
【文化祭でアオハル】
夏休みが明けると、学校は文化祭と体育祭の準備で忙しい。
わたしのクラスは、イントロクイズをメインにした縁日をすることに決まっていた。
去年よりちゃんと放課後に残って準備を手伝っている。
放課後も去年のようにクラス中でハブられることはなく、春花ちゃんと楽しく過ごせている。
佐倉さんからの小さな嫌がらせ…例えばイントロクイズを作るのにわたしの好きな曲をかけて反応を見ていたり、体育祭のダンス練習で手を繋がなければいけない時にちゃんと手を繋いでくれないということはあるけど。
やることがあまりにも低レベルでいちいち気にするのもバカバカしかった。
それに2年になってすぐ、去年仲良くしていた真野さんの悪口を言っているところを目撃してから、ハッキリ気づいてしまったんだ。
結局一人じゃ何もできなくて、誰かとつるんで人を悪く言うのが好きな子なんだ。
真野さんが退学していなくなったとたんに、今度は真野さんの悪口を言う、その幼稚さを知ってしまったから。
気にするだけ無駄だと思うようになった。
* * *
文化祭当日、クラスの当番が終わったあとは春花ちゃん達と一緒に校内を回った。
たったひとりで時間を潰して過ごしていた去年の文化祭が嘘みたい。
翌週末の体育祭は、当日に春花ちゃんが体調不良で休んでしまうハプニングがあったけど、秋穂ちゃん達と一緒に過ごした。
去年はどうせひとりだからと参加しなかった後夜祭も、4人で一緒に観た。
屋台の食べ物を買って、4人でワイワイ食べながらダンスやバンド演奏を観て、これぞ学祭の雰囲気を味わえた。
去年の学校行事は身を潜めるようにして過ごしていたし、どこにいても落ち着かず疎外感を抱いていた。
でも今は、自然にこの空間にいて馴染んでいる。
友達と呼べる子がいて、一緒に笑っている。
普通に高校生活を送れている。
そんな当たり前のことが、すごく嬉しかった。
【色づいていく世界】
11月に入って、すっかり秋も深まった。
朝晩の空気はひんやりして、かすかに冬の気配がする。
毎日5人で一緒に休み時間やお昼休みを過ごしている。
授業の話、好きな音楽や本の話、昨日観たテレビの話。
毎日、食堂や教室で何気ないことではしゃいで笑ってる。
クラスでも話せる子が増えて、お互い漫画や小説を貸し借りして感想で盛り上がったりしてる。
休みの日は、お祖母ちゃんと一緒に近所のお店へ買い物に出かけて。
お気に入りの歌や本を見つけたら、春花ちゃん達に話す。
そして、夏休みにライブで出会った沙織さんとは、週に1回メールでやりとりをするようになった。
新曲の感想や出演したテレビやラジオの話などで盛り上がっている。
入学当初以来、初めて心から学校を楽しいと思えた。
日曜の夜と月曜の朝の憂鬱な気持ちがなくなっている。
緩やかに穏やかに時間が過ぎていく。
毎日が闘いだった去年の今頃を思い出す。
あの時は毎日が真っ暗で、この苦しみがずっと続くんじゃないかって思ってた。
でも、よく歌の歌詞に出てくる通り。
明けない夜はない。やまない雨はない。
いつか、明るい光は見えるんだ。
わたしが望んでいたのは特別なことじゃない。
こうして、気の合う友達と何気ないお喋りで笑い合ったり、休みの日には遊びに出かけたり。
そんな普通の毎日を過ごしたかっただけ。
穏やかな日々を過ごしたかっただけなんだ。
* * *
やっと訪れた平和で穏やかな毎日。
去年は果てしなく長く感じていたけど、今年は時間の流れが早い。
冬休みが明けると、今度はすぐに合唱祭の練習に明け暮れる毎日。
それと体育の授業で創作ダンスをしていて、修了式の後に優秀なチームが講堂で発表をすることになっていたから、ダンスの練習もあった。
わたしのチームはチア部の子がいたこともあってクラスの代表に選ばれ、昼休みや放課後に練習をしていた。
チームリーダーは、去年も同じクラスで佐倉さんグループの子。
でも、佐倉さんのように嫌がらせをしてくることはなかった。
春花ちゃんとは違うチームで、普段あまり話さないメンバーだから、正直馴染めてない感じがしたけど。
2月中旬に合唱祭を終えると、ダンスの練習で毎日が過ぎて、期末テストがやってきた。
テスト期間中はいつも神経が張り詰めているけど、今回だけは、テンションが高かった。
実は、期末テスト期間中の日曜に、念願だった碧先輩とのライブ参加が決まっていたんだ。
テスト期間中にライブなんて絶対に反対されると思ったから、チケットが取れた後の事後承諾。
ライブに行ったせいで成績が下がったなんて怒られたくなかったから、ダンスの練習で毎日クタクタだったけど、テスト勉強もいつも以上に頑張った。
* * *
ライブ当日。
中学時代からずっと一緒にライブに行きたいと思っていた理世先輩と初めて一緒にライブに行ける喜びで、朝方何度も目が覚めて落ち着かなかった。
地元の駅で待ち合わせて一緒に会場に向かう。
電車の中で、今日はどんなライブになるんだろうとワクワクしながら話をしていた。
最近ひとり参加が多かったから、こんな風に誰かと話しながら一緒に会場へ行けることが嬉しかった。
会場に着いてグッズを買って開場待ちの列に並ぶ。
いつものライブ参加のパターン。
待ってる間、3月とはいえ、まだ肌寒い風が吹き抜けていた。
開演してしまえば瞬く間に時は過ぎてしまうのに、こうして待っている時間は妙に長く感じるから不思議だ。
やっと開場時間になって、自分の席へ着く。
一歩場内に入った瞬間から、異空間だった。
いつもなら開演するまで明るいはずの場内は暗くなっていて、青いライトに包まれている。
聞こえてくるのは鉱山の中のような深海の中のような不思議な効果音。
まるで遊園地のアトラクションに乗っているような雰囲気だった。
不思議な空間の中でみんな今か今かと始まる瞬間を待ちわびている。
そして開演時間になり、青いライトが消えて完全に場内が暗くなった瞬間。
会場中が総立ちになり、大歓声が起きた。
理世先輩にとっては初めてとなるライブ。
時々顔を見合わせてノリ方を確認しながら、約2時間半の夢のような時間は終わった。
先輩は初めてのライブに大満足のようだった。
やっぱりステージから遠い席だったけど、それでもあの一体感とあったかい雰囲気を理世先輩と味わえただけで本当に嬉しかった。
帰りの電車の中ではお互い大興奮でライブの感想を語り合った。
地元に着いた途端に現実に引き戻され翌日、期末テスト最終日。
ライブの興奮が醒めない頭でなんとか全部のテストを終えた。
ライブに行けるからといつも以上に頑張ったおかげで、2年生になってから一番良い結果だった。
試験明け休みはゆっくりしようと思っていたのに、ダンスの練習で学校に行くことになった。
修了式の日、講堂での発表が終わって、ようやく長かった練習漬けの毎日から解放された。
そして春休み。
わたしは4月の初めに、今度は沙織さんとライブに行くことになっていた。
ずっとメッセージのやりとりはしていたものの、直接会うのは初めて会った去年の夏以来。
当日の朝、会場最寄り駅で待ち合わせ。
2人で近況報告やバンドの話で盛り上がって、グッズを買った後はランチタイム。
雑誌にも載っているという有名なお店に連れて行ってもらって、のんびり外の景色を見ながらお喋りをした。
開演時間までまだ時間があるということで、隣の駅まで足を伸ばして都内を散策。
そして夕方には、雑誌に載っているという有名なクレープ屋さんでクレープを食べた。
お店を出ると、日が傾き始めていた。
春の夕暮れは柔らかい空気と空の色。
徐々にライブの時間が近づいている。
会場には開場待ちの列ができている。
朝来た時は1日長いなと思っていたけど、あっという間にもうすぐ開演の時間だ。
今日が終わったら…春休みもあと数日で終わる。
そして、わたしはついに受験生になる。
そう考えたら、なんだか切なくなった。
今度のライブは参加できないかもしれないのかな。
わたしのことだから、受験日と重ならない限り、きっとまた事後承諾で行くんだろうけど。
2度目の沙織さんと一緒に観たライブは最高に楽しくて、すでに先月参加していたからか、一瞬で終わってしまったような気がした。
「またライブであいましょう」
別れを名残り惜しく感じながら、そう言ってそれぞれの帰路へ。
帰りの電車の中で、わたしはライブの余韻に浸っていた。
あと数日で高校2年生が終わる。
この1年を思い返したら、楽しいことばかりだった。
笑顔の多い1年だった。
去年は、こんな素敵な時間が訪れるなんて思っていなかった。
春花ちゃん、秋穂ちゃん、雪ちゃん、夏希ちゃん、沙織さんとの出会い。
わたしの世界は、新しい出会いによって鮮やかに色づき始めている。
そう、それはまるで緑が芽吹き、花が色鮮やかに咲き乱れる春のように。
すべての色を失ってモノクロームだった私の心が、カラフルに彩られていく―。