翌日目を覚ますと、頭が重く脱力を感じていました。
 喉や鼻の奥側も痛く、どうやら風邪をひいたみたいです。
「しまったミーコの食事」

 私は気持ちに反したゆっくりな動作で、机の上に置いてあったノートを広げると、ミーコはすでに起きていました。
 ノートには何も描かれていない、空白の状態。
 部屋も食事もベッドさえも無い中、ミーコは立ちすくんでいました。
 目を覚ましたミーコが、何もない寂しい場所に居たかと考えると、自分の失態に反省をしていました。

「ごめんなさい。ミーコ、遅くなって、本当にごめんね」
 慌てて謝る私の顔を見て、ミーコは心配そうな表情を浮かべています。

「お母さん、大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」

 私は急いで、ミーコの部屋と食事を描きます。
 ミーコは描き上がった食事にも手をつけずに、私を見つめています。
「私も食べるから、安心して」

 台所に置いてあった食パンをお皿に乗せ持ってくると、ミーコに見せるようにして、一口含ませました。
 私を見て安心したミーコも、食事を口にします。
 外は雨が降っていて薄暗い部屋で過ごす一日は、意味もなく悲しく不安な気持ちにさせます。

「今日の天気は雨か」
 昨晩の杉田さんの言葉が気になり、そんなため息のような独り言が出てしまいます。

「お母さん、外は雨が降っているの」
 ミーコも食事をしながら、話しかけてきました。

「うん、雨が降っているよ」
 私はパンをお皿に起き、ノートの中に雨を描きました。
 ミーコは部屋から顔を出し、空中に浮ぶ雨を見上げています。

 しばらくすると、ノートに描いた雨が動き出し、ミーコの顔に落ちました。
「きゃっ、お水みたい」

 水たまりを作り。カエルを描き。
 部屋の中には、長靴と雨合羽を準備しました。
 残念ながら思った通り、カエルは動かずただの置物のようです。

「雨の日は初めてだもんね、食事が終わったら部屋から出てみる?」
 ミーコは何故か、照れるようなしぐさを見せ、小声で話します。
「出てみようかなー」

 今日は休日ではありますが、動く気力がありません。
「今日中に風邪を直し、明日は会社に行かなきゃ」
 自分に言い聞かせながら、私はノートを持って再び布団の中で休むことにしました。

 翌日いつもの時間に、起床することが出来ました。
 いつものように顔を洗い、いつものようにノートにミーコの朝食を描きます。
 だけど、会社に行きたくないと思う、弱気な私がいます。

 昨日までは風邪を直し頑張ろうと考えていたのですが、いざ当日になると杉田さんに顔を合わせづらいと思う気持ちが、強くなっています。

 体温計で熱を計りながらも、考えることは後ろ向きなことばかりです。
 あの場から逃げ出すように別れてしまったのは、失礼だよな。
 だけど、何故杉田さんにもミーコが見えるのだろう。

 このノートを持っている私は、変な人だと思われているのだろうか? 
 やはり人と接していると、必要以上に悩み事が増えてしまう。
 そんなことを考え、体温計を見ると普段より少し高い数値を指していました。

 私は安心しました。

 それを理由に、休めると思うズルい考えがあったからです。
 ズルいこととわかっていながらも、熱が高いことを正当化する私は、森川さんが出勤する時間を考えてから、会社に電話をかけていました。
 
 電話先では、森川さんの心配してくれる優しい声が、私の心に突き刺さります。
 受話器を置いた後は更に、自分に質問を投げかけていました。
 本当に会社を休むほどの、熱だったのだろうか? 

 杉田さんに顔を合わすのを先延ばしにしたことで、余計に合わせづらくなるのではないか? 
 杉田さんの立場になって考えたら、私が休むことによって自分をせめてしまうかもしれません。
 窓の外は昨日までの雨は止み、明るい日差しが窓を照らしています。

 学校へ向かう子供達の声が楽しそうに聞こえ、まるで私だけ時間から取り残された気持ちにさせます。
 私は逃げ出し始めた自分が、惨めに感じました。