高木さんは、そんなことも気にせずノートを見ています。

「いっぱい描いてあるねー」

 酔っぱらっている高木さんに、ノートを汚されるのではないかと考えると、気が気ではありませんでした。
 張り上げた声は、泣き声交じりになっていました。

「返して下さい」

 うばい返そうと手を出すと、背を向けノートを見ています。
 小柄な私に反して、高木さんはかっぷくが良く手が届きません。
 私はミーコが恐怖している考えると、少し乱暴な口調で言うことを決意しました。

「テメーふざけた事してんじゃねーぞ!」

 想像を超える乱暴な口調で、私より先に言い放った人がいました。
 桜井さんです。
 桜井さんは、高木さんの胸ぐらを掴み、引っ張り上げています。

「私の可愛い後輩が、嫌がっているだろ。オイッ!」

 周りの空気が一瞬止まりました。
 聞こえてきたのは、遠くのレーンでピンを倒す音だけです。

 怖くなり周りを見渡すと、ボーリングを止めていた森川さんと鈴野さんは、お互いの顔を見合わせ頷き、ゲームを再開し始めました。

 あれ? 何故安心をしているのだろう?
 困惑の中、二人に目を移すと高木さんは肩を落とし桜井さんに頭を下げています。

「すっ、すみません」

「私じゃなく、美代子に謝れ」

 高木さんは我に返ると、慌ててノートを差し出します。

「ごめんね、俺どうかしちゃってた。ノート返すね、本当にごめんね」

 何度も私に謝る高木さんを、桜井さんは腕組みをして睨みつけています。
 それからボーリングが終わるまで、少し離れた席で高木さんは桜井さんに怒られていました。
 内容は聞こえませんでしたが、時折高木さんの悲鳴のような声が聞こえます。

 平然とゲームを楽しむ皆さんに対し、私はノートを抱きしめながら、不安な時間を過ごしていました。