申し訳無い気持ちの中、石井さんと目が合うと無言で頷いていました。
「私は、ナスが食べたいです」
 恥ずかしい気持ちを押えながら言葉をしぼり出すと、社長は微笑んでいました。

「そうね、私もナスとかぼちゃが食べたいわ、一緒のにしましょう」
 社長は専務に釜口財布を渡し、お使いを頼んでいました。
 社長宅は会社の裏側にあるので、数分もかからない距離に有ります。

 数着の浴衣から選ぶ石井さんの表情は真剣でありましたが、それほど時間は掛かりませんでした。
 私達は浴衣を選び食事をすませても、ゆとりの有るお昼を過ごせます。
 午後から会社に戻ると、森川さん達の待ち構えていたような声がかかります。

「おかえりー着るの決まった?」
「はい、石井さんに選んでもらいました」
 石井さんは社長に聞こえないように小声で森川さん達に伝えます。

「どの浴衣も生地や縫い目がしっかりしていて、高級そうなのばっかりでした」
 その言葉に森川さんと鈴野さんはニコッと微笑み、私の手にしている袋の中身を確認しようとしました。
 すると石井さんは私の前に身を乗りだします。

「駄目でーす。夕方まで見てはいけませーん」
 明るく、冗談を言うように話します。
「えっーなんでよー気になるじゃない」
「だってー私が田中さんに一番似合うと思って選んだんですから、楽しみはとっておきましょうよ」

 その後もふざけあうように、笑いながら喋っています。
 私はその言葉を聞き申し訳ない気持ちになりました。

 今手にしている浴衣は、借りる際小声で
「田中さんに似合うからプレゼントするわ、よかったらもらってくれない?」
 と言われ、いただいてしまったからです。

 遠慮して断りもしたのですが、今朝会った女性の言葉を思い出し、複雑な気持ちでした。


 夕方になりその日の就業時間が終わると、女性は更衣室で社長に手伝ってもらいながら順番に着替えました。
 最初に着替え終えたのは森川さんでした。
 この日のために準備した浴衣に、みんなの視線が集まります。

 森川さんの浴衣は、白色と赤色の一松模様に水色で描かれた朝顔の花が咲いています。帯は青と水色の二色になっていました。
 浴衣姿の森川さんを見て豪華だと感じ少し驚きましたが、後に続く鈴野さん達も負けていませんでした。

 鈴野さんは黒色とも思える濃い紺色の浴衣に、赤色と青色の大きな紫陽花の花が咲いていていました。帯は鮮やかなオレンジ色です。
 涼しげな表情の鈴野さんによく似合うその浴衣は、派手さは無いものの、あでやかな雰囲気を出していました。

 桜井さんの浴衣は、白色と紺色の縦じまです。
 そこに数多くの色が使われた、紫陽花の花が咲き乱れています。
 帯は明るい紫色で、薄い黄色の花が咲いていました。

 石井さんは紺色の浴衣に、大きな黄色い向日葵の花が咲いていました。
 帯も黄色で髪飾りに大きな向日葵を中心に赤色や白色の花の飾り物をつけています。
 桜井さんは石井さんを見て、驚く表情を浮かべています。

「へー、頭にも向日葵を着けて揃えているのか、浴衣に負けてないじゃん」
「どうですか? 可愛いと思いません? 桜井さんこそ何色使っているんですか? これプリントじゃないですよねー」
 言葉には出していませんが、お互いが自分のことのように喜んでいます。

 四人の浴衣を見て、私が手に持つ浴衣がとてもシンプルに思えました。
 浴衣は白地で、水色で描かれた花の模様があります。
 帯は紺色で、こちらも白色で、同じ模様が描かれています。

 浴衣を見て思いました。普通の浴衣だけど、でも可愛い。
 丁寧にたたまれているその浴衣は、社長の愛情が伝わります。